有馬紅子 Vol.5

身につけてる腕時計で“値踏み”する。ハイブランドのトップセールスが明かす、したたかな戦略

深窓の令嬢が、超リッチな男と結婚。

それは社会の上澄みと呼ばれる彼らの、ありふれた結婚物語。

有馬紅子(ありま・べにこ)もそんな物語の一人として17年間幸せに暮らしてきた。

しかし突然、夫・貴秋が若い女と駆け落ち同然で家を出てしまい、紅子のプライドは消えかける。だが生粋のお嬢様は、そんなことで負けたりしない。

17歳の一人息子・秋雅に反対されながらも離婚を決意し、就職先を探して新たな一歩を踏み出すが、そこにはさまざまな女たちの罠と思惑が張り巡らされていた…。

「社会経験、ほぼゼロ」。有閑マダムのレールから強制的に外された女・有馬紅子のどん底からの這い上がり人生に迫る。


―また買って頂けなかった。

店を出て、遠ざかっていくお客様の後ろ姿をお見送りしながら、私はたった1つのものを購入してもらうということが、こんなに難しいことなのだと、また今日も思い知った。

この店舗に来て1週間が過ぎたのに、自分が勧めたものをお客様に買ってもらうことができていない。

『どれくらいの期間になるかは、現場からの報告を聞いて決めます』

坂巻さんの言葉を思い出す。つまりこの店舗にいる間、私は採点されているということなのだろうけれど、今の私では間違いなく0点、もしくはそれ以下だ。

お客様が見えなくなるまでお見送りしたあと、振り返った店内には今、お客様が3名。そしてそれぞれに販売員が1人ついている。

にこやかに接客している同僚たちは皆、制服の黒いスーツで、ボトムスはパンツかスカートを自分で選べると言われて、私はスカートを選んだ。

ジャケットのインナーは私物で自由に、と言われて、私はボウタイのシルクのブラウスを選んだのだけれど。

それすら間違いだったのではないか、と店内の鏡に映った自分の全身が気になりだした時、鏡の中で小河さんと目が合った。

「売れないのは、格好のせいではありませんよ」

お客様に聞こえない程度の小さな声でそう言われた。

「…申し訳ありません」

「すっかり謝りグセがついちゃいましたね。あまりいい傾向ではないですけど」

そう言うと小河さんは、小さなため息をつき手招きして、私をバックヤードに呼び込んだ。

「有馬さん、先程お見送りしたお客様のこと、きちんと覚えていますか?どんなお客様だったか、私に説明してみてください。」

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