有馬紅子 Vol.2

電車に乗ったこともなかった元お嬢様が、全てを捨ててでも絶対に守り抜いたプライド

深窓の令嬢が、超リッチな男と結婚。

それは社会の上澄みと呼ばれる彼らの、ありふれた結婚物語。それでも17年間、幸せに暮らして来た、有馬紅子(ありま べにこ)。しかし突然、夫・貴秋が家を出た

夫に若い女と駆け落ちされ、消えかけたプライド。しかし…生粋のお嬢様は、そんなことで負けたりしない。

「社会経験、ほぼゼロ」。有閑マダムのレールから強制的に外された女・有馬紅子のどん底からの這い上がり人生に迫る。


執事・西条実(みのる)の証言:「紅子さまはお強い。だからこそ心配なのです」


「西条、私はこの家を出ます」

あの日。

貴秋さまが突然家を出ていかれた朝。貴秋さまからの2通の手紙を読み終えた紅子さまは、私にそうおっしゃいました。

「すぐにお義父さまに連絡してください。事情を説明して、1時間だけお時間を頂きたいとお伝えして。できれば今日中に」

強い眼差しとは裏腹に、手紙を握っている紅子さまの白くて華奢な手が、小さく震えていました。

なぜ、貴秋さまからの手紙が「2通」あることを、紅子さまに伝えてしまったのだろうか、と自分の失態を悔やみましたが、もう後の祭りです。

私は「大丈夫ですか」と声をかけたい気持ちをぐっと飲み込みました。紅子さまは、同情や哀れみを何より嫌う方ですから。

「…かしこまりました」

頭を下げて、テラスから部屋に戻ろうとした時、西条さん、という声がして振り向きました。

「ありがとう。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね」

西条さん、といつもの呼び方に戻られた紅子さまは、微笑んでおられました。けれど、毅然と振る舞おうとなさればなさる程、その痛々しさは増してしまいます。

紅子さまがお強いことは分かっています。でもだから心配なのです。

「…大丈夫ですか?」

お嫌いだと分かっていながら、そう聞かずにはいられませんでした。

私の言葉に、紅子さまの微笑みがこわばり、瞳が歪んだ気がしましたが、それはほんの一瞬で、紅子さまはすぐに私に背を向けてしまわれたのです。

「大丈夫に決まっています」

背を向けたまま、そう言われました。その声は震えているようにも聞こえましたが、私はそれ以上どうすることもできず、紅子さまをテラスに1人残したまま、部屋に戻ったのです。

ー貴秋さま。あの手紙はひどすぎます。あなたは、紅子さまの本質を何もお分かりになっていなかったのですね。

幼き頃からお仕えしたお坊っちゃまの、罪深い行動に少々腹を立てながら…これから起こるであろうことを予測し、私はため息をついたのでした。

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