恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.6

夫のスマホを盗み見る妻の心理。裕福な男に“飼われる”専業主婦の、ささやかで悪質な抵抗

男に“飼われている”女


直哉には、目下お気に入りの女が二人いる。

でき上がった夕飯をダイニングテーブルに並べるついでに、私はそこにポルシェの鍵と共に並んでいた彼のスマホを手に取った。直哉はシャワーの真っ最中だ。

電話番号の下4ケタを入力すると、呆気なくロックが解除された。

夫は、自分の妻がこういった下衆な行為をしないと信じきっていると同時に、私への警戒心がまるで薄いのだ。そうなるように、私自身が日頃から敢えてそう振舞っているお陰で。

彼のスマホを盗み見るのは、嫉妬に駆られているとか、万一の時のために証拠を集めているというわけではない。

自分の生活を平穏に保つために、私はただ状況を把握しておきたかった。男のスマホなど盗み見て良いことはないというが、見ないで悪いことが起きるよりもずっとマシだと思う。

—直哉さんの言った通り、『カゲロウプリュス』のパスタ、本当に美味しかった!さすが『エクアトゥール』の系列店ですね。でも...もっと一緒にいたかったな。また会えるの楽しみにしてますー

こうした女とのやりとりには、もはや何の感情も湧かない。

相手は、言ってしまえば昔の私のような女で、若い肉体と贅沢な時間を交換するような男女関係を楽しんでいるだけだ。

しかし、この『カゲロウプリュス』は私が最もお気に入りのイタリアンであることだけが、少しだけ気に障った。


—直哉さんに紹介いただいた若月社長の講演会、すごく参考になりました。起業って一筋縄でいくものじゃないけど、女性が可能性を広げて自己実現できる社会を目指すためにも、もう一息頑張ります!ー

さらに画面をスクロールしていると、私が一番嫌いな女のメールに辿り着く。

この聡美という女は、おそらく私と同年代の30歳少し手前の女だが、どうやら人材系の会社を立ち上げたばかりの女社長のようだ。

最近のメールを見る限り、直哉は自分の所属している経営者グループの会に彼女を連れて行ったり、ビジネス繋がりの人脈を提供したりと、わりと熱心にサポートしている。

そして、夫が単に恋愛ごっこを楽しんでいるだけでなく、こうして対等に仕事の話をしているのが伺えると、私の心は否応無くザワついた。

この種の女が自分の夫と関係を持つのを目の当たりにすると、社会と縁の切れた「専業主婦」という立場の弱さを嫌というほど実感させられるからだ。

彼女も他の女や私と同じく、直哉の提供する贅沢なパフォーマンスを享受しているには違いないが、少なくとも、男に“飼われている”側の女ではない。

「カチャ」

廊下の奥で、バスルームの扉が開く音が聞こえた。

私はやや乱暴に直哉のスマホをテーブルの隅に投げつけると、顔に穏やかな妻の笑顔を貼り付け、夕食の支度を続けることにした。

—...仮面夫婦、上等じゃない。

そしていつものように、心の中でそっと悪態をついた。

この記事へのコメント

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No Name
断りもなしにシンガポール行った、って、何であんたに断らなきゃいけないのよ?
2018/07/31 05:1999+返信11件
No Name
手に入らなかったから執着するんだろうな。
2018/07/31 05:3699+返信4件
No Name
最初から直哉に恋してないから
そして贅沢させてもらえてるから
浮気にも心に折り合いつけられるんだろうな。
もう、ただの同居人みたい
2018/07/31 05:2299+返信6件
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