SPECIAL TALK Vol.45

ケンゾー エステイト ワイナリー オーナー:辻本憲三
~日本人を世界で一番ワインの味がわかる国民にしたい~

金丸恭文氏 フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長

大阪府生まれ、鹿児島県育ち。神戸大学工学部卒業。1989年起業、代表取締役就任。規制改革推進会議議長代理、未来投資会議構成員、経済同友会副代表幹事、NIRA代表理事を務める。

日本人に最高級のワインを手頃な値段で楽しんでもらいたい

金丸:「ケンゾー エステイト」は、年間どのくらい出荷されているのですか?

辻本:フルボトル換算で25万本です。現在8種類をラインナップしていて、今年、ファースト・ヴィンテージから10年目という節目を迎えます。

金丸:私のように熱烈なファンも多いでしょうし、「すごいワインがあるらしい」と聞いた人は、ぜひ飲んでみたくなる。正直なところ、需要に供給が追いついていないのではないですか?

辻本:そうですね。畑の面積は限られているので、大量生産ができません。毎年、発売から半年ほどで完売している状況です。需要も毎年10〜20%増と、右肩上がりに伸びていまして。できるだけ多くのお客様に飲んでいただくため、25万本のうち10万本ほどはハーフボトルで提供しています。

金丸:それに金額が上がらないのは、どういうカラクリなのだろうと、以前から不思議に思っていました。希少なワインは、あっという間に値上がりしますよね。

辻本:ワイナリーを始めたとき、ナパでつくられる上質なワインを、日本でも気軽に飲めるようにしたいと思いました。値上がりしてしまっては、その初志が貫徹できません。なので、私たちは一般のワインショップや酒販店には流通させていません。購入できる場所を東京の2店舗と、大阪、京都の直営店、あとはオンラインショップに制限することで、価格を安定させています。

金丸:値段が抑えられている裏には、辻本さんの揺るぎない想いがあるのですね。

辻本:私はこのワインで、日本人のワインに対する感性を一段階上げたいと思っています。ソムリエに言われるまま選んでいる人が、今も相当な数いるでしょう。でも、私はどうも違和感がありまして。日本人を世界で一番ワインの味がわかる国民にしたいんです。

金丸:だから辻本さんは、ブランドや歴史ではなく、味で勝負するワインをつくられた。

辻本:日本人は味覚が鋭い。一度「ケンゾー エステイト」を飲めば、これまでのワインでは物足りなくなると思います。

金丸:おっしゃるとおりです。それに、広告宣伝もまったくされていませんよね。

辻本:需要が増えすぎても困りますから。みんなが知らないからこそ、一度味わった人は、人に教えたくもなりますし。

金丸:まんまと辻本さんの術中にハマっていました。私は「ケンゾー エステイト」を知らない人たちに、魅力を語り尽くしていますから(笑)。

辻本:まだ歴史の浅いワインなので、まずは飲んでもらわないと魅力が伝わりません。そのために直営店を展開しています。この六本木ヒルズ店もそうですが、カウンター席もご用意していて、カウンター近くのモニターに、ワイナリーがどんな土地で、ぶどうがどのようにつくられ、ワインにどんな思いが込められているかがわかる映像を流しています。ワインを飲み、この映像をご覧になった方が、またどなたかにうちの魅力を伝えてくださる。それが最高の宣伝です。

島国に閉じこもることなく、世界と戦って道を拓くべし

金丸:今も最前線で世界と戦っている辻本さんですが、若い人たちに一番伝えたいメッセージは何ですか?

辻本:世界で勝負してほしいですね。私は日本がすごく好きです。この国で人生を終えたいと思っています。けれども外から見ていると、日本人は世界に目を向けていない人が非常に多い。日本の人口がどんどん減っていくなかで、これからは「日本で一番」なんて大した意味を持ちません。最初から世界を目指し、世界でトップにならないといけない。

金丸:ある意味、江戸時代の鎖国に状況が似ています。しかも、徐々に閉じていっている。

辻本:そうですね。日本のトップ企業も、国内の閉じられた市場でしか競争していないように見えます。ゲーム業界も今すごく伸びているのは、中国や韓国です。この先eスポーツが必ずきますから、5年以内でちゃんとした形を作り上げて、アメリカ、中国、韓国と勝負しないといけない。中国、韓国の若者はどんどん世界に出ていますよ。これからはビジネスも、英語と中国語が使えないと厳しい。インドも人口が伸びていますが、彼らは英語が話せますから、追い抜かれるのはあっという間です。

金丸:日本の居心地がよすぎることが、若者を日本に留まらせているように思います。

辻本:確かに日本は世界一いい国だと思います。だからこそ安住したらだめやと。金丸さんは鹿児島の出身ですよね。実は、カリフォルニアで最初にワインをつくった日本人は、長澤鼎(ながさわ かなえ1852〜1934)という幕末の鹿児島人なんです。薩摩藩が彼を13歳で留学に送り出した。長澤はイギリスからアメリカに渡り、ワインづくりで成功、「ぶどう王」と呼ばれるほどだったそうです。同郷の人として、金丸さんにも頑張っていただかないと。

金丸:辻本さんのお話を聞いていると、「隠居しよう」なんてとても言い出せない気がしてきました(笑)。

辻本:これからは、いろいろなことを国に任せっきりにはできなくなるでしょう。100歳まで生きる世の中になれば、70歳までに自力で1億円を貯めて、余生を暮らすようなつもりでいかないといけません。だからカプコンの新卒社員には、「50年働け」と必ず言っています。必要なのは、生き抜く力。生き抜くためには、勝負をしなければなりません。「一生懸命勉強して東大に入った」という勝負もあるけれど、そこで人生の勝ち負けが決まるわけではない。本当の勝負はそこからです。

金丸:もうすぐ80歳になろうという辻本さんが、これほどまで活力にみなぎっているのを見れば、若者だって負けてはいられないのではないでしょうか。今日は本当にありがとうございました。

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