“普通”を望む女
「じゃあ次は、樹里ちゃんね」
冗長に語る龍之介の自己紹介を切り上げる形で、紀夫は樹里を指名した。
「樹里ちゃんは、どんな人がタイプなん?」
紀夫の問いかけに、彼女は「うーん」と小さく唸った。
助けを求めるように隣の夏子に視線を向け、そしておずおずと、言葉を探すように口を開くのだった。
「好きなタイプは…普通の人、かな」
「なんや、それ」
龍之介が即座に突っ込んで、その場は笑いに包まれる。
しかし樹里だけは少しも笑っていないことに気がつき、紀夫はとっさに助け舟を出した。
「そういえば俺、昔の彼女に『普通すぎて嫌だ』ってフラれたことある。ってことはさ、樹里ちゃんの好きなタイプって、俺なんと違う?」
「なにそれ(笑)その彼女、なかなかヒドイな。確かに、紀夫って名前からしてものすごい普通やけどさ」
紀夫が自虐を交えて笑いに変えると、夏子が重ねて盛り上げる。
「それって、薫のこと?あいつ、キツイこと言うよなぁ」
紀夫と薫の恋愛をタイムリーに見てきた龍之介だけは、紀夫を庇ってくれたが。
言いたい放題の皆の様子を、樹里は困ったように首を傾げて見つめている。
そしてそんな樹里の横顔を、紀夫はこっそりと眺めた。
しかしこの時はまだ、なにも気づいていなかった。
樹里がどうして“普通の人”がいいと言ったのかを。
この一言に込められた真意を紀夫が知ることになるのは、もっとずっと後の話である。
思いがけぬ誘い
−翌朝−
「この後は、全国のお天気をお伝えします」
テレビから届くアナウンサー、一二三薫の声を聞きながら支度をする朝。
紀夫にとって当たり前となった日常に、しかしこの日は非日常な出来事が起きた。
ベッドに放置したままのスマホが鳴ったので手に取ると、表示されていたのは一件のLINE通知。
朝早くから、誰だろう?
不思議に思いながらタップすると、差出人はなんと、萬田樹里だった。
昨夜のうちに夏子がグループを作ってくれていたから、そこから個人LINEにメッセージをくれたのだろう。
彼女の美しい横顔を思い出しながら、紀夫ははやる気持ちで画面に目を走らせた。
“紀夫さん、昨日はありがとうございました。色々と気を使っていただいて感謝しています”
実に彼女らしい、律儀な文面である。
しかし視線を下におろし、その先に続く文字を眺めて紀夫の眠気は吹っ飛んだ。
そこにあったのは、まさに紀夫が彼女に伝えようとしていた言葉だったのだ。
“もしよろしければ、今度ふたりで会っていただけませんか?”
▶NEXT:6月16日 土曜更新予定
樹里との初デートに浮かれる紀夫。しかし惹かれ合うふたりに水を差す出来事が起こる。
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この記事へのコメント
…まさか任〇堂?