神戸嬢戦争 Vol.6

神戸嬢であることには“税金”がかかる。会費1万5千円の誕生日会から透けて見える、女の友情

アラサーの神戸嬢を語るには欠かせないある“時代”が、神戸にはあった。

2000年代初期、今なお語り継がれる関西の「読者モデル全盛期」だ。

しかし時を経て読モブームは下火となり、“神戸嬢”という言葉も、もはや死語となりつつある。

高校時代から神戸嬢に憧れていた姫路出身の寛子。大学入学後は読者モデルデビュー、さらに人気ブランドでのアルバイトが決まり、理想の神戸嬢ライフを手に入れていた。

そして大学の友人・利恵に誘われた、甲南ラグビー部との食事会で出会った弘孝とデートするが、神戸のネットワークの狭さや、亜由香の妬みに驚きを隠せない。

誰もが羨む正真正銘の“神戸嬢”になるには、「神戸であること」「金銭」、「彼氏」という“3K”の条件が必要だという事実に気づいたのだった。


神戸女学院という女子大ブランド。
関西の人気雑誌での読者モデル。
有名ブランドでのアルバイト。

全てを手に入れた寛子は、“神戸嬢”の最高峰に位置しているはずだった。

ここが東京なら……。寛子は、トップだったのかもしれない。

しかしここは神戸。
全ては、生まれた瞬間に決まっているのだ。

神戸生まれ、開業医や社長の娘である亜由香や圭子。
姫路生まれ、一般的なサラリーマンの娘である寛子。

“神戸嬢”であるために、どれだけ頑張ったとしても手に入れられないものがある。

出身が「神戸」であること、親のバックボーンである「金銭」、ハイスペの「彼氏」という神戸嬢に必要な3K

どれだけ華麗に咲こうとも、高級品種と野ばらでは違うのだ。



「寛子ちゃん、月末は圭子の誕生日会やから空けといてな!」

夏穂が、寛子の肩にポンと軽く手を置きながら、声を掛けてきた。

夏穂は古株のスタッフで、今では菜々子の右腕である。そんな彼女から知らされたのは、圭子の誕生日会の開催だった。

“誕生日会”という名のもと、ブランドで働く女の子たちが一堂に会するのである。寛子が憧れていた、“神戸嬢”の最も華やかな女子会だ。

いつもの寛子なら、きっとこんな風に素直に喜べていただろう。

―いつも見ていたあの会に、わたしが参加者になれる日がくるなんて・・!

きっと丸い目をより一層輝かせ、そう胸を弾ませていたに違いない。しかし寛子は、嬉しい気持ちよりも不安の方が勝っていた。

【神戸嬢戦争】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo