2018.04.11
朝子と亜沙子 Vol.1
8年前の入社式、今と同じように大勢いる社員の中で、まるでスポットライトがあたっているかの様に、今井亜沙子は周りの目を引くオーラを放っていた。
同期入社の中で唯一、下の名前が同じ”アサコ”であることが嬉しかったと同時に、そのとき朝子は妙に彼女を意識してしまったことをよく覚えている。
―今井さん。トップセールスになっているとは聞いていたけど、入社時より更にオーラに磨きがかかってる…。
「…中川さん」
本店長に呼ばれ、ハッと我に返り、朝子は慌てていつも通りの爽やかなスマイルを浮かべた。
朝子が配属されたのは、今井亜沙子と同じ営業1課だった。
直属の上司は、課長の寺島だ。寺島は、ひょろりとした小柄な体格で、脳天に響くような高い声で話す。
「今月の予算をボードに書いておいたけど、引き継ぎしながらどんどん数字決めていってね!中川さんだったら余裕でしょ!」
早口でそこまで言った後で、急に声を大きくしてこう続けた。
「前の支店がどうだったか知らないけど、本店では予算落とすとかあり得ないから!」
その言葉は、朝子にというよりも、電話をしている課員全員の背中に向けているように見える。
寺島課長が顎で指した先のホワイトボードに目をやると、今井亜沙子の名前が一番上に書かれている。そしてその横には、他の課員とはかけ離れた数字が予算として書かれていた。
朝子は思わず唾をゴクリと飲んで、背筋を伸ばした。
―この課の筆頭は今井さんなんだ…他にも先輩がいるのに、凄いなぁ。私も今井さんと肩を並べられる様に頑張らなきゃ。
そのとき、隣の席の男がボソボソと話しかけてきた。
「…中川さん、ヨロシクね」
そして、ボードに書かれた数字に目を丸くしている朝子の様子に気がついて、「ああ」と言いながら呟く。
「…今井亜沙子さんは、営業1課の”女王”だから」
朝子も、その言葉に納得する。
ー確かにこれだけの予算を任されてるんだから、セールスの女王に違いないわ。立派だなあ…。
隣の席に座る、篠原というその男は、どこか自信なさげで虚ろに目を泳がせている。年齢は、40歳手前くらいだろうか。
「中川朝子さんと、今井亜沙子さんでWアサコだね…ふふ」
篠原は小声でそんな冗談を飛ばしてきた。W浅野にかけているのだろうか。朝子は思わず吹き出してしまった。
「ふふ。篠原さんったら。古いですよ」
そのささやかな笑いは、朝から緊張の連続だった朝子の心をほぐしてくれた。
ー本店は厳しいところだって覚悟していたけど…冷たい人たちってわけじゃないのね。安心した…!
朝子は顧客カルテを見つめながら、よしっと息を大きく吸い込む。そして引き継ぎの挨拶のため、前任と共に初日から何件もの家を訪問したのだった。
本店への帰り道、朝子はこれからの仕事への期待に胸を膨らませながら、心地よい疲労感を感じていた。
何よりも嬉しかったのは、今井亜沙子と同じ課になったことだ。
これまで亜沙子と話した記憶は殆どないが、入社式で見た彼女は、サバサバしたいかにも仕事の出来そうな美人というイメージだった。そのうえ明るくて、たくさんの同期に囲まれていた。
さらには入社して一年目の新人コンクールで、一位に今井亜沙子の名前があるのが印象的だった。
それ以来、朝子の中で亜沙子は「同期の中で一番仕事が出来る人」というイメージが出来上がり、亜沙子の数字を意識し始めるようになった。そして、いつか一緒に働いてみたいと強く願っていたのだ。
―今井さんと私が数字をバンバン決めて、課のみんなを引っ張っていったら、全国一位の課に出来るかも!
朝子はもともと営業の職場の、スポーツの様なチームワークが大好きだ。
どうやったら販売出来るか課員でアイディアを出しあったり、協力して課の数字を達成したり。そんなふうにみんなでハイタッチをしたくなるような瞬間が、自由が丘支店時代も沢山あった。
憧れの本店という舞台でも、目標としていた同期と一緒に、そんな瞬間を分かち合えると考えるだけで、自然とにやにやとしてしまうのだった。
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