―私、もしかして不妊...?ー
結婚相談所に助けられながら、気が遠くなるほど壮絶な婚活を経て、晴れて結婚ゴールインを果たした女・杏子。
一風変わったファットで温和な夫・松本タケシ(マツタケ)と平和な結婚生活を送り、はや2年。
34歳になった彼女は、キャリアも美貌もさらに磨きがかかり、順風満帆な人生を歩む一方、心の隅に一抹の不安を抱え始めていた。
―思い切って、車でも買っちゃおうかしら......♪
口座に振り込まれたボーナスをスマホで確認すると、杏子はついニヤニヤと笑みが溢れた。
慶應大学卒業後、丸の内の某外資系証券会社のセールス職に精力を注ぎ続けた杏子は、今年とうとうディレクターへと昇進した。
それと景気の回復が相まって、もともと高給取りの杏子のボーナスは、かなりの額になっている。
欲しいモノは、その気になればだいたい何でも買えるだろう。ブランド物でも、車でも家でも、ドンと来い状態だ。
ただ、もちろんこの業界にリスクは付き物である。
調子に乗って羽振りの良い生活を送り、急にクビ、なんてこともあり得るから、十分に気をつけなければならない。
何と言っても、松本家の大黒柱は杏子なのだ。
大手自動車メーカーの研究員として働く夫・マツタケの収入は決して悪い訳ではないが、正直、自分とはかなりの差がある。
しかし、これまで散々頑張ってきたのだ。ちょっとイイ新車を買い、運転好きの夫と週末ドライブを趣味にするくらいの贅沢は、許されるだろう。
2年前、婚活を頑張って本当に良かったと思う。
あの時は何度も挫折を味わい、プライドを打ち砕かれ、嫌な思いもたくさんした。
そうして手に入れたマツタケとの平穏な結婚生活は、人に自慢できるほどのモノではないかもしれないが、杏子は文句ナシに満足している。
―どうせ買うなら、ポルシェのマカンかしら。マツタケはきっと喜ぶわ...。
杏子はしばし妄想に暮れ、自分の幸せに酔いしれた。
この時はまだ、これから再び自分に降りかかる困難と、このボーナスの真の使い道など、全く予想もしていなかったのだ。
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