「じゃあ、あとは若いお二人で、ね」
お見合い開始早々、仲人の女性が席をたち、咲良は祐一とともに帝国ホテルのラウンジに取り残された。突如訪れた沈黙に気まずさをぬぐえず、ぬるくなったコーヒーを静かにすする。すると祐一は、こう切り出した。
「咲良さん、今日はありがとうございます。こんなに綺麗で若い方が来られるとは、思ってもみませんでした。…お見合いなんて、気が進まなかったでしょう?」
意外なことに、祐一は体も引きしまっていて38歳には見えないし、写真で見たダサい眼鏡を外しているおかげで、好みの雰囲気とも言えた。
咲良は、祐一の砕けた口調に、少しだけ本音を話す。
「いえいえ。うちは母が心配性でして……。祐一さんのところは?」
すると祐一もふっと笑い、こう言った。
「うちも似たようなものです」
そう言って二人で笑い合うと、ぴんと張り詰めていた空気が一気にほどけた。
「もしよければ、このあと軽く食事でもしませんか?」
緊張が解けたせいか、途端にお腹がぐるぐると鳴る。食事の誘いを断る理由は、特に見当たらなかった。
◆
そのまま銀座に移動し、中華の『レンゲ』のカウンターで、二人は夕食をとった。
上海蟹みその麻婆豆腐の美味しさに、自然な笑顔がこぼれる。それに、祐一の気さくな人柄と病院で起きた面白い話の数々で、いつの間にか「大口を開けて笑わないように」という母親の言葉をすっかり忘れ、終始笑いっぱなしだった。
温かいお茶と合わせて、デザートの盛り合わせを食べていると、ふと時計を見た祐一の手元に、咲良の目は釘付けになった。四角くレトロなフェイスが特徴的な、パテックフィリップのノーチラス。祐一は服装含め、咲良好みのいいセンスである。
全て食べ終えたところで、咲良は少し突っ込んだ質問をしてみることにした。
「祐一さんは、どういうご家庭が理想ですか?」
「うーん……。ありきたりだけど、温かい家庭が良いですよね。奥さんには、家庭を守るのも大事だけど、何かで成長していってもらいたいなぁ。ゆくゆくは、実家を継ぐことになると思うから、経理とか手伝ってもらいたくて。
…ってごめんなさい。いきなりこんな話しちゃって。咲良さんは、今のお仕事どうですか?」
「そうですね。いま入社5年目で、仕事はかなり任せてもらっていまして…楽しいです」
祐一はうんうんと頷いて微笑む。
「そういえば今度、昇進のお話をいただいていて、ビジネススクールの研修に行くことになりました。一般職では珍しいみたいなので、頑張りたいと思っています…!」
この数時間で少なからず祐一に好意を抱いた咲良は、「何かで成長してもらいたい」と言う彼に少しでも気に入られたいと思い、あまり気の進まない研修への意気込みを語ってしまったのだった。
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この記事へのコメント
祐一、いい人そうなのに、タイトルからすると、これから婚活はじまるのか!次回から楽しみです。
なんでもキッカケが大事だから。