「あ、えっと、久しぶり」
無視することもできず、なるべく淡々と返事する。だが根が明るい恵比寿女子は、久しぶりの再会を素直に喜んでくれるおかげで、やたらとテンションが高く楽しそうだ。
「えー、まさかここで会うなんて。相変わらずタクミくん、良いお店知ってるよね〜」
言いながら、4人の女性はちらりと泉を一瞥する。
「あ、ごめん。デート中だよね」
ようやく落ち着きを取り戻した彼女たちは、泉に軽く会釈すると「じゃあタクミくん、またね〜」と言いながらレッドソールで歩き去った。
おもむろに、静寂が戻る。だがそれは、とてつもなく重たい。
「ごめんね泉ちゃん。ちょっとした知り合いで…何回か飲んだことがあるだけなんだけど、すごく元気なんだよね、彼女たち」
やましいことなんて何もないのに、無駄に焦ってしまう。そんなタクミの態度を見て、泉の眉間がわずかに寄せられた。
せっかく、ホームである恵比寿デートにしたのに、それが仇となるとは。
「2軒目に、ぜひ連れて行きたいバーがあるんだけど」
そろそろ出ようかというタイミングでタクミが切り出すと、泉は「今日はもう帰るね」と笑顔で言うだけ。
さっきの4人と遭遇してから、明らかに泉のテンションは下がっている。
「そこのバー、ノンアルコールのフルーツカクテルが美味しいんだよ」
あまりお酒を飲まない泉のために、そんな言葉で食い下がるが「でも今日は帰るね」の一点張りだ。
そして、泉は店を出るなり通りがかったタクシーを自分で止めて「やっぱり恵比寿って、ちょっと苦手だな」という言葉を残して、颯爽と乗り込んだのだった。
—ヤバイ。マジでもう次はないかも。
タクミは、とぼとぼと自宅に帰り、焦りを募らせた。
—やっぱり恵比寿はダメだ。知り合いに会いすぎる。
それにどちらにしろ、泉はもう恵比寿に誘っても来てくれないだろう。
—だったら…。
◆
翌日、土曜日の15時。タクミは銀座の中央通りを歩いていた。
—俺が銀座に詳しくなって、楽しい銀座デートができればいいんだ。
先日のデートではアウェイの洗礼にヒヨってしまったが、この状況ではもう、勝ち点の高いアウェイゴールを狙うしかない。
意を決して訪れた、一人銀座。
どこから攻めればいいのかと考えあぐねていると、銀座三越が目に入り、前回の銀座デートの思い出に吸い寄せられるように、入り口をくぐった。
だが入ってはみたものの、女性が多いフロアはなんとなく居心地が悪い。
記憶を頼りに5階のメンズフロアに行くと、泉と一緒に訪れた時も見た、真っ白のボトルが目に飛び込んできた。
—『リサージ メン』って、男性用化粧水か…
スタイリッシュなボトルのトリガー部分を持っていると、銀座デートで泉が言った、ある一言が脳裏で蘇る。
『清潔感がない男の人は苦手なんだよね』
泉が言った言葉。その言葉に背中を押されるように、タクミは『リサージ メン』のスキンメインテナイザーとオイルコントロールソープを購入した。
—あのアキラさんが使ってるんだ。俺も…。
泉たちが“清潔感がある理想の夫”と絶賛していた、会社の先輩・アキラ。
アキラの自宅に招かれた際、洗面台の上に同じものが置いてあったのだから、迷う必要はなかった。
それからというもの、タクミは足繁く銀座へ通った。
買い物する時も、特に用事がなくても、銀座に足を運ぶ。男同士の食事だってコリドーなんて行かずに、もちろん銀座へ。
恵比寿デートから1か月が過ぎたが、その間も、しつこくない程度に泉へのLINEを続けていた。
幸い、既読スルーされるまでには至っていないことに、タクミは毎回ホッと胸をなでおろしていた、そんなある日…。
「おう、タクミ。泉ちゃんの地雷踏んじゃったらしいじゃん?」
会社で、アキラに声をかけられた。
「地雷?何すかそれ。理沙さんに何か言われたんすか?」