パーフェクト・カップル Vol.1

パーフェクト・カップル:誰もが憧れる「理想の夫婦」。そのすべては演技と嘘、だった


舌先に葉巻の苦み。少しバニラのような香りもした気がする。私が飲んだマルガリータの甘さも彼に伝わってるのだろうか。

そんなことを考えていると、隼人の唇が耳元で動いた。

「キスできたじゃん、俺ら。」

聞きなれたはずの声が、妙に色っぽく聞こえる。

隼人が私の前で初めて「ずるい男」になった。早くなった動悸が恥ずかしくて、視線を泳がせると、彼の肩ごしに灰皿が目に入る。

葉巻の先端から立ち上る、か細く弱い煙。まるでスローモーションのように、静かに灰が落ちて舞う。

―いつか…後悔するかな…。

でも、今はこれでいい。自分にそう言い聞かせながら、隼人の肩に顔を埋めた。



「じゃあ今日、翔太のお迎えよろしくね。」

「了解。怜子の帰りは何時?」

「今日はロケ、遅くなっちゃうな。夕食、冷蔵庫の中に作り置きしてあるから、適当に温めて食べてくれると助かるわ。」

午前3時。夫になった隼人は、平日毎朝この時間に出勤していく。今や朝のニュースのメインキャスターだ。そんな彼を見送った後、玄関に置いた写真たてが目に入る。

ウェディングドレスの私と隼人。この写真を撮ったのももう6年前で、私達は35歳になった。

私達は、あのキスの翌年にスイスの古城で式を挙げた。挙式の後のパーティには沢山の取材が入り、私たちカップルは一躍日本中の注目を集める夫婦になった。

結婚の翌年に生まれた息子の翔太は今年4歳になり、お受験の準備を始めている。

悔しさと、プライド、そして打算で結婚した私達ではあったけれど、結婚生活は驚く程上手く行った。

入籍の前日には「もし子供ができないとか、どちらかに好きな人ができたとかした時には、お互いに笑って別れよう」なんてことさえ話していたのに。

翔太が生まれ、守るべき存在が私達の絆を強くしたし、「結婚と出産」は、お互いのキャリアにも良い影響を与えた。

私は「雑誌やインスタで着たものが飛ぶように売れる」という、ママモデルとしてトップの地位を確立。

イクメンとしての肩書が足された隼人は、理想のアナウンサーの殿堂入り。最近では「フリーに転身」のウワサが流れる程、国民的な人気者になった。

常に、週刊誌に追われる私達を「パーフェクト・カップル」と呼ぶ人さえいる。

出産以来、私達に男女の関係は無い。けれど出会って15年以上経つ親友への信頼は絶対で、私は十分幸せだった。

そう、この日までは。

私もロケ出発まであと1時間。シャワーを浴びようと思った時、携帯が鳴った。隼人が忘れ物をしたのかと画面を見ると、私の所属事務所の社長からだった。

「もしもし」

出発時間の変更だろうか、と思いながら電話に出ると、いつもは明るい社長が出発前にごめんね、と沈んだ声で言って続けた。

「落ち着いて聞いてね。ご主人の記事が週刊誌に出るかも。女の子と撮られたみたい。」

その後、自分がどう返事したのか、よく覚えていない。そして…。


私達夫婦は、この時、まだ知らなかったのだ。常に「注目を集める存在」でいることの…本当の怖さ、を。


▶Next:2月4日 日曜更新予定
パーフェクト・カップルに訪れた最初の試練。そして偽りの生活が始まっていく。

この記事へのコメント

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No Name
面白そう。
2018/01/28 05:1699+
No Name
ここ最近で一番面白そうな出だし
2018/01/28 05:1799+返信1件
No Name
文章が艶やか。軽く期待。
2018/01/28 05:2899+
もっと見る ( 50 件 )

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