2018.01.28
パーフェクト・カップル Vol.1「試しにキスしてみよう、って言うけどさ。」
そこまで言うと隼人は、言葉を探すように黙り、葉巻を口にはさんだ。彼の薄い唇からゆっくりと煙がこぼれ落ち、彼の日に焼けた顔に白い煙がまとわりついていく。
葉巻の煙は一気に吐き出すものでないことや、タバコの煙より濃く重いことを、私は彼に教わったが、彼が本当は葉巻が好きではない事も知っている。
―時々無性に、世間の俺へのイメージを裏切りたくなるんだよ。息抜きの時間ってやつ。葉巻なんて俺っぽくないだろ。
以前そう言っていた彼の気持ちが、私には痛い程理解できる。世間には、とことんいい顔をしてしまう、似た者同士の私達。そんな事を考えていると、声がした。
「俺と怜子って、今さら男と女になれる?子供、欲しいだろ?」
そう言って隼人は、一気にテキーラを飲み干した。カンッと激しくテーブルに置かれた、ショットグラスの音に苛立ちを感じ取る。平静を装っている彼が、実は相当まいっていることが分かる。
彼は、結婚を決めていた恋人に捨てられたばかりなのだ。そしてそれは私も同じ、だった。いくら私達が似ていると言っても、こんなところまで一緒じゃなくていいのに。
私は、婚約者を…ほんの数日前、他の女に奪われてしまった。
結婚を決めていた相手に捨てられる。それは、私と隼人の心も、そしてプライドもズタズタにした。
私は、結婚式の日取りをすでに周囲に伝えていて、女性誌の編集者に「怜子も、そのうちママモデルデビューだね」と言われてその気になっていたのに。
―結婚しなくなった、なんて伝えたくない。
そんな風に自分がみじめで仕方なくなっていた時、どういう訳か、隼人も恋人に捨てられてしまって、私を慰める会のはずが、お互いの傷をなめ合うヤケ酒になった。
そして、私は…。同じ傷を負った親友を眺めているうちに、ふと、思ってしまったのだ。
―1番好きな男と、結婚できないのなら…。
もう、誰でも同じ。ならば誰よりも気の合う「親友と結婚する」ということもありではないか、と。
正気を失っているのかもしれない。でも1度考え始めると、それが今、最良の解決策のように思えてきた。
問題は、隼人も言うように「今更、男と女になれるか」だけ。だから「試しのキス」、と言ってみた。
彼に笑い飛ばされ、あっさりと拒まれたなら、この提案ごと無かったことにすればいい、と半ばヤケになり言い出したこと。
けれど、すぐに否定されなかったことで、私は止まらなくなった。そして言った。
「2人同時に捨てられるなんて、ある意味私たちの運命かも、って思わない?」
私の言葉に、ソファーにもたれ、空のテキーラグラスを触っていた隼人の手が止まる。
彼が上司に「近々婚約者を紹介させてほしい」と結婚をほのめかしたことは知っている。今更、その話を無かったことにはしたくないはずだ。ずるいとは思ったが、彼の、私と同じ高すぎるプライドを刺激してみる。
「このままじゃ、悔しくないの?裏切った彼女を見返したいでしょ。見返すには、私って結構いい相手だと思うけど。」
煙のせいか、うっすらともやがかかった木目調の部屋。ソファーから身を起こした隼人の顔が、オレンジのライトに照らされ、影が落ちる。その影の中で彼はゆっくりと私を見た。そして。
「お前が、悔しいんだろ?このままじゃ。俺も、お前が彼を見返すためには、いい条件の男だから、ってことだよな。」
そう言って、薄く笑った隼人に思わず見とれる。見目麗しく、日本中から愛される男。彼が私の夫になるのなら、失恋なんて、いつかきっと忘れる。それが生涯最高の恋だと思ったほどの相手でも。
私を捨てた男の顔をまた思い出してしまった。
こみ上げてきたものを押さえたくて、喉の奥に力を入れ、マルガリータの入ったグラスを手に取る。
その瞬間。隼人の手が私の肩に置かれ、そのままグッと引き寄せられた。彼の唇がゆっくりと近づいてきて、私はそっと目を閉じた。
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