焦るあかりは、幼稚園の友達に相談するが…
「なるほど、それであかりちゃんは東京女の洗礼を受けたわけね」
翌日。同じ幼稚園のママ友の中でもっとも信頼する凛子を、一緒に通う広尾のピラティスの帰りにお茶に誘った。
旬が通う幼稚園は、港区の私立幼稚園のなかで特に親の出番が多く、ほぼ100%の母親が専業主婦である。そのため、昼間は比較的自由なのだ。
「うん…。正直、3月に港区に引っ越してきたけど、港区の幼稚園がこんなに激戦だってしらなくて。運よくうちの幼稚園に転勤で欠員ができて面接してもらえて助かったけど、小学校受験を意識してうちの幼稚園にきたわけじゃなかったんだ…。みんな準備してるのかな?」
「そこは意外に、毎日会ってると細かく聞かないよね。ちなみにうちの知樹は受験するよ」
凛子は、美人ぞろいな港区幼稚園の専業主婦たちの中でも、ひときわ美貌を誇り、しかし気さくなふるまいで人望がある。早稲田の法学部卒で、ロースクールにも通っていたという才女だ。
不要なやっかみを避けるためなのか、まだ28歳であることや、妊娠して諦めていた司法試験に挑戦したいと思っていることは、あかりにしか話していないようだった。
「え!?そうなの?そういえば知樹くん、知能教室みたいなとこ、通ってたね…。凛子は早稲田だもんね、もしかして早稲田の小学校とか?」
「早実初等部は、遠すぎるよ!それに、受験するからにはトップに行かないとね」
「やっぱり慶應の幼稚舎受けるの?何がそんなにいいの?」
「そうね…選ばれた子ども同士が、家族にも等しい究極の幼馴染として育って、将来日本の特権階級で、お互い融通しあうのよ。この世の“フリーパス”を6歳にして手に入れるの」
この世のフリーパス…。そんなものがこの世にあるのなら、それをわが子に授けたいと思うのが親心だ。
「でも私が幼稚舎を素敵だなと思う理由は別にある。以前舎長のお話で、幼稚舎では、社会を肯定的に見られる子を育てるって言ってた。
自分の得意なことを伸ばし、本物の自信をつけると、友達のいいところも認められる子になれる。人への信頼と、社会に対する愛を育む学校だって」
あかりは、じっと凛子の顔を見た。深い自己肯定からくる、他人や世間に対する人懐こさ。それはいつも自分と他人を比較してきたあかりが、本当は長い間欲しかったものに思えた。
「…挑戦してみる?慶應幼稚舎」
凛子の真っ直ぐな瞳に、あかりは思わずうなずきそうになった。
◆
別れたあとも、凛子の誘いの言葉が頭の中で何度もこだました。
ーお受験、かぁ…。
正直言って、港区に来てから、幼児教室の看板やチラシを目にする機会が格段に増えていた。
それでもそれを手に取らなかったのは、心のどこかで、自分には関係のないものにしておきたかったからかもしれない。
そこには、婚活をも超える、熾烈な女の闘いの気配があったから。
あかりは、広尾からの帰り道、いつもはむしろ目に入らないようにしていた慶應幼稚舎の前で、立ち止まった。
▶NEXT:1月28日 日曜更新予定
次週、まさかこんな世界とは…! 何もしらないあかりの前に、慶應幼稚舎受験の掟が立ちはだかる!
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この記事へのコメント
井の中の蛙じゃない⁈ それにしても、旦那は商社でも都心で優雅な専業主婦、子供の小学校受験etc. と、収入はあるのに貯金出来ない家族の典型みたいだね。
本当東カレの主人公は流されやすい人ばかりですね。
子供を自己承認欲求のツールとする毒親。
もっと自分の人生を楽しめばいいのに。