岡田透、32歳。
身長182センチ、総合商社勤務で独身、半年前にロサンゼルスから戻ってきたばかり。数々の女性をさらりと口説く透はしばしば、“ズルい男”と言われる。
そんな透には最近、気になる女性がいる。転職してきたばかりの3歳年上の女性・詩織だ。
詩織は、元外資系コンサルティング会社勤務のキャリアウーマン。可憐な見た目で男性たちからの注目を集めていた。
ある日、ゴルフコンペの帰りに詩織は透のクルマに乗ることになり、2人は一気に距離を縮める。
しかし詩織には、付き合って1年になる圭吾という彼氏がいた。詩織が最後に選ぶのは…?
―会社で仲良くなった男の子と、ただ食事に行くだけよ…。
私はそう自分に言い聞かせながら、西麻布へタクシーで向かった。
今夜、透君と会う約束をしていたのだ。
◆
透君がマンションまで送ってくれた、あの日。家に帰ると、驚くことに圭吾が待っていた。
「…うちに来るなら、言ってくれればよかったのに」
つい責めるような口調になってしまったことを、途端に後悔した。さっきまで透君と一緒だったので、気持ちの切り替えができていなかったのだ。
「連絡したけど、既読にならなかったから」
その言葉に、慌ててスマートフォンを取りだす。透君との話に夢中で気づかなかったのだ。私が「ごめん」と言うより早く、圭吾はいつも通り穏やかな口調で聞いてきた。
「…それにしても、ずいぶん遅かったね。会社の人に送ってもらったの?」
普段なら絶対読まないはずのインテリア雑誌に、目を落としたまま。
圭吾は「誰と行ってたの?」と心配するような嫉妬心は、絶対見せない。男らしいと思う反面、さっきまでの透君のストレートさを思い出すと、物足りなさを感じてしまう。
私はなるべく感情を込めず「そう、帰りに食事してきたの」と答え、ソファ前にあるカフェテーブルに携帯を置き、圭吾にもたれかかった。これが2人でいるときの、私の定位置だ。
そうやっていつも通りの日常に戻ろうとした瞬間、携帯がブルルと振動した。
―今日は、ありがとうございました。またゆっくり食事に行きたいのですが、来週は忙しいですか?
さっき別れたばかりの、透君からだった。
そのメッセージが圭吾に見られぬよう、私はそっと携帯を裏返す。圭吾の視線が、手元の雑誌に向けられているのを確認して。
結局、透君に返信したのは週明け、通勤途中の電車からだった。