「え・・・?」
新事業は、女性に向けた有機野菜のサラダをデリバリーするサービスだったが、その日は男性からの注文が何件か入っていたのである。
『PR TIMES』を使って男性向けメディアに打ちだしたプレスリリースに、反応があったようだ。
サラダと言っても、若い女性だけが反応するわけではない。エリカは最近の健康志向を鑑み、「男性にも受けるはず」と、忘年会シーズンで外食が続く時期に向けた新メニューを“サラダ男子向け”と銘打ち、筋トレと野菜をコラボした拡散動画も企画・制作して、発信していたのだ。
爆発的というまでもいかないが、それまでの注文にプラスアルファされて、その日初めて、目標の売上に到達した。
「エリカ、よくやったぞ」
普段口数が決して多くない西島が褒めてくれて、とても嬉しかった。
◆
それから3ヶ月が過ぎ、新サービスは少しずつ軌道に乗り始め、エリカもひと安心していた。
その日の仕事終わり、エリカは剛と食事をしていたが、やりかけていた仕事をしようと一度会社に戻った。剛とは、たまに食事に行く関係が続いていた。
「エリカ嬢、無事会社着いた?」
会社に着いたと同時くらいに、剛から電話があった。お調子者なので真剣に取り合っていなかったが、どうやら剛は本気でエリカを好きらしい。
しかしエリカは、西島への想いに気づいてから、恋愛に対して身動きがとれない。剛も悪くはないと思うが、西島のことを諦められそうにない。
会社に着くと、まだ灯りがついていた。中から、男の声がする。
エリカは急いで電話を切り、様子を窺った。
「だからさ、早紀には悪いことしたって、言ってるじゃないか」
それは、西島の声だった。電話越しで何度も「早紀」と、はっきり言っている。やはり二人は、付き合っているようだ。
電話が終わると、西島は肩で息をした。エリカは気づかれないようにそっと自分の机に向かおうとしたが、向かう途中でダストボックスに足をとられ、その物音で西島が振り向いた。
「・・・」
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。そして西島は、重い口を開いた。
「・・・今の電話、聞こえてたよな?」
そして少しの間の後、こう言った。
「会社立ち上げてから、ずっと仕事、仕事で。女の子と付き合っても、なかなかうまくいかない」
ひっそりと笑う西島の顔がとても悲しそうだ。早紀とうまくいってないということは喜ばしいことなはずなのに、西島の普段見せない表情に、エリカは困惑した。
―西島さん、今は本当に仕事が大切なんだ。
広報として、西島が立ち上げた会社に貢献できるようになったら、そのとき想いを告げよう。
エリカは柄にもなく、そんなしおらしいことを考えた。
自分の想いを押しつけるのではなく、相手の立場を汲み、それに寄り添った行動をすること。エリカが広報になって、気をつけていることである。