「北村?どうしたんだ?固まってるぞ」
デスクで呆然としていると、オフィスにちょうど着いた冴木さんが声をかけてきた。
「・・・いや、今人事情報を見て」
「磯野のことか?」
冴木さんは僕の上司で、シニアマネージャーだ。最年少パートナー候補の一人として、社内でも注目されている存在である。僕と同じ慶應の商学部出身ということもあり、何かと気にかけてくれるのだ。
「はい。何も知らなくて」
冴木さんは少しの間のあと、「ベンチャー企業のCFOらしいぞ」と教えてくれた。その言葉に、また頭がフリーズする。
―ベンチャーのCFO?ヘッドハンティングでもされたのか?
誰よりもお気楽に見えた健が、水面下でそんなことを進めていたなんて信じ難かった。
◆
「隆一、聞いてるの?」
その日の帰り道、彼女のユキと電話していると、電話越しの声が不満そうに響いた。健のことに気を取られて、ユキの話をきちんと聞いていなかったのだ。
「あ、ごめん。何だっけ」
「だから・・・。新入社員時代の上司が、宇都宮の支店に飛ばされたの。出世コースから、外れたのよ」
ユキは、大手メガバンクの一般職だ。同い年で27歳、付き合って3年目である。「そうなんだ」と相槌を打つと、躊躇いがちにこう続けた。
「隆一の会社って、どうなの?」
「どうって?」
「・・・出世競争、激しいのかなって」
ユキが結婚を意識していることは、会話の節々から伝わってくる。銀行員だけあって、ユキはかなりの安定志向だ。昔の上司が出世競争に敗れて、自分のパートナー(になりうる相手)の未来が、心配になったのだろう。
ユキの思う安定とは、僕が今の会社で出世することをさすのだろうか。
公認会計士といえど所詮はサラリーマン。今の会社にいれば、安定した未来が保証されている。上を目指すことが、きっと“正解”のはずだ。
そこまで考えると、急に息苦しさを感じた。23歳のときに思い描いていた未来は、こんなに窮屈なものではなかったのだ。
―健も、そう思って転職したのか?
ユキとの電話を切り、僕は慣れ切ってしまった今の生活に、うっすらと“迷い”を感じ始めた。
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転職する同期に触発された隆一が取った行動とは?
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この記事へのコメント
しかし食事会の女子、公認会計士知らないとか頭悪すぎるなあ、、
本人達は要るって言いますが。
会計士が安泰だと思って結婚した人は、20年後果たして。。