2017.08.08
注文の多い女たち Vol.1痛感する、加齢の重み
30分が経っても、亜希に声をかける男は現れない。
いよいよ恨めしく眺める視線の先に、オフショルダーを何度も下に引っ張って肩を露出させている女が目に入った。
おそらく、25〜6歳だろう。
張りのある肌は綺麗だが、わざとらしい露出が下品だし顔立ちもはっきり言って中の下。
しかし信じ難いことに、亜希の目の前で、さっきから何人もの男性が入れ替わり立ち替わり彼女に声をかけているのだ。
...亜希には誰も、声をかけてこないのに。どう考えても、自分があの女より劣っているとは思えないのに。
40分が経った時、亜希は屈辱に耐えきれずそっと会場を後にした。
「若いだけの女を選ぶ男なんて、こっちから願い下げだわ!」
ミッドタウンからほど近い場所にある『ミントリーフ モヒートバー』で、亜希は溜まりに溜まったモヤモヤした思いを吐き出すように叫んだ。
二次会会場を出た後、とてもまっすぐ家に帰る気にはなれず、10年来の友人であるエミに電話をして呼び出したのである。
彼女は今日も西麻布にいて、30分も経たぬうちに駆けつけてくれた。持つべきものは、西麻布で遊んでいる友人である。
「わかるよ、亜希。男って、本当どうしようもない」
エミは、美しく配置された眉を少しだけしかめて亜希に同調してくれた。背筋をピンと伸ばし、よく冷えた白ワインを口に運ぶ細い指も綺麗で、思わず目を奪われる。
アパレルブランドのPRをしているエミは元モデルで、スタイル抜群&美貌の持ち主。
亜希と同じ32歳だが、その身体に無駄な贅肉は一切見当たらず、夏は大体いつも短めのトップスにミニスカートをはいて自慢の美脚を覗かせている。
「さっき会ってた男もさ、向こうから誘ってきたのに既婚だったのよ?ほんと、いい加減にしてほしい」
エミはそう言うと、嫌悪感を表すように大げさに身震いをした。
彼女はいつも、言い寄ってくる男がみんな既婚者だと嘆いているのだが、亜希はその理由を知っている。
20代前半から西麻布に出入りしていた彼女は、良い思いをし過ぎたのだ。
本人は「男はお金じゃない」とか「私が求めているのは色気だけ」なんて言っているが、いわゆる港区おじさんとデートを繰り返すうち、スタンダードが狂ってしまったのだ。
金銭的に余裕があり、妻子もある男が醸し出す色気を、同年代の男が持っているわけがない。
「私って、なんでこんなに男運が悪いんだろう...」
そんなことを呟くエミを横目に、亜希は「原因は男運じゃない」と思ったが、黙っておく。
「こうなったら、神頼みしかないわ。そうだ、今度一緒にお参りに行かない?良縁祈願しに行くの」
エミが名案を思いついたとばかりに興奮気味に提案してくるので、亜希は思わず笑ってしまった。
彼女はきっと、既婚者ばかりが集まってくる原因が自分にあることを、わかっていないのだ。客観的に見れば、一目瞭然なのに。
そこまで考えて、亜希は背筋がひやりとする感覚に襲われた。
貴志と別れて早5年、あれ以来まともな恋愛ができていないのも、今日、二次会で声をかけられなかったのも、もしかして自分自身に原因がある...?
自分が32歳だから、男が若さに弱い生き物だからだと理由付けていたが、本当は別の原因があるのかもしれない。
そんな恐ろしい考えが浮かんで、亜希は急いで頭を振る。
「エミ、早々にお参り行こう、来週末は?空いてる?」
急に前のめりになった亜希にエミは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頼もしい表情で頷いてくれた。
「空いてるって言うか、空ける。来週行こう」
二人の女はお互いを励まし合うように手と手を取り合い、固く約束をするのだった。
▶NEXT :8月15日 火曜更新予定
32歳の女は、立場をわきまえて妥協しないと結婚できないのか?
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
この記事で紹介したお店
ミントリーフ モヒートバー
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