「最近、良い出会いがない」
未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。
しかしよくよく話を聞いてみると、その真意はこうだ。
「理想通りの、素敵な男性がいない」
経験値が高いゆえに、自分のことは棚に上げて「あれはダメ」「そこがイヤ」と、男性に注文ばかりをつける女たち。
これはそんな自らの首を絞めている、全東京ガールに捧げる物語である。
結婚も彼も、捨てても惜しくなかった。
「亜希。俺、海外に行くことになった」
あれは確か、2012年の11月。風が急に冷たく感じられた夜だった。
移転オープンしたばかりの表参道『CICADA』で、当時付き合っていた同い年の彼・貴志(たかし)が、わざとらしく咳払いなんかした後で、そう言ったのはー。
神谷町にある自宅マンションのベッドの上。華金を楽しむ投稿が続く中、Facebookタイムラインに突如現れた、貴志の結婚報告。その画面を呆然と見つめながら、亜希は静かに大きく息を吐いた。
もう、5年も経つのか−。
不思議なことに、今でも細部まで鮮明に思い出せるのだった。
薄暗い照明の下でも隠しきれない、彼の高揚した顔も、少し震えた声も、反応を伺うように亜希を覗き込んだ瞳も。
「...付いてきてくれる?」
そう聞かれたとき、即答すべきだったのだろうか。
亜希が言うべき言葉は「場所はどこ?」ではなかったのかもしれない。
もしくはせめて、駐在先がニューヨークとかロンドンとか、せめてシンガポールとかだったら...。
「カタールだよ」
しかし貴志の口から発せられたのは、馴染みのない国名だった。世界地図のどこにあるのか咄嗟には指差すこともできない国。
−行きたくない。
その場では一応「...考えさせて」と言ったものの、それが本心だった。
5年前、まだ27歳だった亜希の目に東京はまだ眩しく輝いていて、その宝石を捨ててまで欲しいとは思えなかったのだ。
結婚も、そして...貴志も。
この記事へのコメント
コメントはまだありません。