「和哉くん、だよね?お久しぶりです」
和哉が29歳になってしばらく経った、ある日曜日の夕方。ちょうど今と同じように、恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーションが灯り、バカラのシャンデリアが飾られ、真っ赤なカーペットの先に巨大なクリスマスツリーが鎮座している時期だ。
女性から親しげに声を掛けられたが、和哉にはそれが誰だかわからずにいた。
「あれ、和哉くん忘れちゃったかな?そうだよね、あんまり話してないもんね。私、優子の同期の由衣です。少し前に一度、食事会で会ったんですけど…」
「あぁ、由衣ちゃん!」
ようやく思い出した和哉は「ごめん」と謝りながら、由衣のことを忘れてしまっていた気まずさを取り繕うように、いつもより饒舌になった。
「まさか、翔太と優子ちゃんが付き合いだすとはね。そうだ、今度、翔太と優子ちゃんも誘って4人で食事に行こう」
そんな口約束を交わして別れると、由衣は輝くイルミネーションへと溶け込んでいった。だがその約束を果たす前に翔太と優子が別れてしまい、由衣との接点は消えてしまった。
その再会から2年後―。
31歳になった和哉は、デザイン事務所を立ち上げ、忙しい日々を送っていた。
そんなある日、和哉がプロデュースしたワインバーのオーナーから、六本木にほど近いホテルで開かれるワインオークションに誘われた。
会場内には見るからに裕福そうな白髪の紳士や、祇園から来ている舞妓さんもいるなど、普段はなかなか見ることのできないような人たちが、次から次に出されるワインを、ポンポンとテンポよく競り落としていた。
オークションの目玉であるロマネコンティが、あっという間に140万まで上がり、2つのテーブルでの競り合いが始まった時だった。
皆がそのテーブルに注目したように、和哉も同じく、デッドヒートを繰り広げる彼らを見た。
両者の間で金額はどんどん上がり、最終的にそのロマネコンティは168万円で落札された。落札して歓喜に沸くテーブルにいる数名の男女の中に、見覚えのある顔があった。
上気した顔で、嬉しそうに拍手をしている由衣がいたのだ。
「由衣ちゃん、久しぶり」
彼らの興奮が引いた頃合いを見計らって、そっと由衣に声をかけると、彼女は大げさなほど驚いた。聞けば和哉と同じように、知り合いの飲食店オーナーに誘われて来たのだと言う。
そしてこの時も「今度食事にでも行こう」と話しながら、結局それが実現されることはなかった。
◆
東京での、時間の流れは早い。
脳外科医としてのスキルアップのためアメリカに留学していた翔太が帰国し、コンサルタントをしている智弘は麻友と結婚して男の子の父親となり、結婚しない主義の雅基は彩香に振られて人生のどん底を経験しながら、気づけば和哉たちは42歳になっていた。
そして麗香には2人の娘がおり、彼女にそっくりな女性に育っていた。
和哉はといえば、数人の女性と付き合ってきたものの、麗香の面影を引きずったまま、今も一人暮らしを続けていた。
そんなある日のことだった。
ダイナースクラブカードの優待を利用して通っている、恵比寿のコナミスポーツクラブで、由衣に再会したのだ。