彼女の、最後の言葉
わだかまりを抱えながらも、二人の趣味であるレストラン巡りを楽しんだ。
「私ね、ソムリエの資格を持ってるから、ワインにはうるさいわよ」
そう言っていたずらな笑みを向けてくる彼女を驚かせたくて、レストラン選びには毎回こだわった。
だが互いの仕事が忙しく、人気のレストランを早めに予約することは、なかなかに困難だった。
そんな時、彩香が提案してくれたのだ。
「雅基が使ってるダイナースクラブカードで、ごひいき予約っていうサービスがあるらしいわよ。知ってる?」
それは予約が困難なレストランで、予約にキャンセルがでたら、ダイナースクラブがキャンセル席を買い取り、それをダイナースクラブメンバーに通知してくれるというサービスだ。
それを知って以来、なかなか予約のとれない人気店をいくつも訪れた。
「この前ね、同期に二人目の子どもが生まれたから、鎌倉まで会いに行ったのよ。赤ちゃんって本当にかわいいわ」
彩香は食事中に度々、楽しそうにそんなことを話した。雅基は意識的に、彼女の気持ちを深く考えようとはしなかった。
◆
彩香のおかげで、雅基はそれまで以上にダイナースクラブカードの特典を駆使するようになり、ゴルフデートもいつしか二人の定番となった。
国内屈指の名門ゴルフ場を、会員に代わって予約してもらえるサービスがあり、毎月のように利用した。
それはいつものように、千葉のゴルフ場へ行った帰り。海ほたるから首都高に入った頃、彩香に切り出された。
「雅基はやっぱり、結婚する気はないの?」
いつも気丈に振る舞う彼女が、ずっと言いたくても言えなかった言葉だろう。
スピーカーから流れる軽快な音楽を避けるように、その言葉は雅基の耳に届いた。
「ごめん。結婚はしなくても、彩香とはこれからも一緒にいたい」
雅基はハンドルを握ったまま、力強く言った。その言葉は紛れもない本心だった。
だがその日、彩香のマンション前で彼女を見送って以来、彩香と会うことはなかった。
それからの雅基は、空虚な日々を過ごした。
あんなに行っていたレストラン巡りも、ゴルフも行かなくなり、夜な夜な西麻布界隈に集まり、仲間たちと飲む日々に戻った。
ただ一日一日を、彩香のことを考えず消化することに、精一杯だった。
半年後・・・
「彩香、今日は来てくれて本当にありがとう」
雅基は、銀座のレストランで約半年ぶりに彩香と向かい合った。
久しぶりに会う彩香は美しさに磨きがかかり、妖艶とも言える雰囲気さえまとっていた。
失ってようやく気付いた、彩香という存在の大きさ。
彼女と別れてからの半年で、雅基は考え直すようになった。彩香が結婚を望むのであれば、結婚してもいいのではないか。
彩香とずっと一緒にいるためであれば、結婚だって悪くないのではないか、と。
その正直な気持ちを伝えるため、一生言わないと思っていた言葉を口にした。
「結婚を前提に、もう一度やり直せないか」
言い終えると、彩香はふっと口元を緩め以前と同じ優しい笑顔を向けてくれた。
だが、その口から出た言葉は雅基をひどく落胆させることになった。
「もう、すべてが遅いわ」
その微笑を崩さず、さらに続けた。
「今ね、結婚を前提に付き合ってる方がいるの」
呆然として何も言えないでいる雅基に、追い打ちをかけるように彩香は言った。
「私たち十分頑張ったわ。でも、駄目だった。それだけよ」
彩香はそっと微笑んだ。
その、聖母マリアのように優しい笑顔の前で、雅基はうなだれることしかできなかった。
▶NEXT:12月配信予定
残す一人、和哉にとってのたった1人の女との、13年に渡る物語。そして、雅基と彩香の物語には、続きがあった…!?
彩香とのデートで駆使していた、ダイナースクラブカードの詳細はこちら!
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