嫌なことというのは、続くのだろうか。
飲み会が終わり26時頃に帰宅すると、純一がリビングで一人、ワインを飲んでいた。いつもより、重々しい空気を感じた。
「お帰り」
純一は穏やかにそう言ったが、明らかにいつもとは違う調子だった。
「香、話があるんだ」
この後に続く純一の言葉は、全く予想していなかった。
「ごめん、香。別れて欲しいんだ」
「え…。なんで……?」
香は、とても動揺した。
今まで生きてきた中で、男にフラれたという経験がなかった。純一が口にしていることが、いまいち実感がない。
「……どうしてなの?」
すると純一は、今まで見たことのない、辛そうな顔で言った。
「実は、他に好きな女性ができたんだ」
「……え?」
将生のことが気になりながらも、先に純一から別れ話を切り出されるなんて、香にとっては青天の霹靂だった。香はこれまでの人生、男性にフラれたことがない。
その衝撃はかなり大きいものだったが、香にだってプライドがある。泣いて取り乱すようなことは、したくなかった。
ずっと黙りこくっている香に、純一は「ごめん」とただ謝り続けるばかりだった。その日は、一睡もできなかった。
◆
後にミカから聞いた話によると、純一の新しい彼女はちょうど里奈と同じ年くらいの、モデルらしい。港区女子のネットワーキング力は凄まじいものがある。あっという間に、噂は広まるのだ。
「…男って、本当に若い子が好きよね」
ミカの言葉に香が反応しないでいると、慌てて付け加えた。
「いや、もちろんその子より香の方が数段可愛いわよ!」
しかし香は同情されるのが何よりも嫌いなので、話を切り替えた。湿っぽい話は、純一との話し合いでもう充分だった。
「それより、ミカの会社は順調なの?」
ミカは最近、念願だったPR会社を始めたのだ。
「いや、自分で何から何までやらなきゃいけないから大変よ。でも何とかやってるわ」
謙遜してそう言ったが、遊び歩いていた昔より楽しそうなのは、目に見えて明らかだった。
香はミカの姿を見て、「港区女子」は自分もそろそろ卒業かな、と思っていた。
純一から別れを切り出され、それまでどんよりしていた気持ちだったはずなのに、「卒業」後に新しい生活が待っているかと思うと、それはまだ見ぬ新しい世界に飛び込むような、ワクワクした気持ちになったのだ。
そのとき、香は気づいた。
この底知れぬ好奇心こそが港区女子だったゆえんだろうし、純一との関係はそれが満たされていたからこそ、成り立っていたのであろう。
―本当に自分が好きな人は…。
そこまで考えて、出てきた将生の顔を振り切った。
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次週、最終回。港区女子を卒業し、香の選んだ道は?