港区おじさんコレクション Vol.1

港区おじさんを「コレクション」しポートフォリオを組む女、現る


勇人が次に会う場所として選んだのは、西麻布の交差点の喧騒から少し離れた広尾よりの『霞町すゑとみ』。

10分前にお店に到着した有希は、奥のカウンター席に通され、少しの躊躇もなく左側の席に腰掛けた。


わざとだよ?演技も100回すれば真実になる。


会話も弾み、最後の雫がワインボトルからグラスに移るのを合図に、有希は勇人の方を向いた。

「そういえば、服部さんに見せたいものがあるんです。」

携帯電話を出し、細かい字の並んだ画面を指差しながら、有希はスクロールを始めた。


「字が細かいな。」

画面を良く見ようとかがみこむ勇人に合わせて、有希も近づく。真っ直ぐ座っていれば余裕のあるカウンター席も、2人でかがめば距離は縮まる。

有希が勇人の左側に座ったのには意図があった。

右利きの勇人の右側に座ると、携帯電話を操作する腕が邪魔をして、有希は近づけなくなる。左側に座る事で、携帯電話を操作するために近づく勇人と有希は、ぴったり寄り添う姿勢になる。

「今日、何お話しようか悩んじゃって。実はわざと話題を準備してきたんです。恥ずかしくなってきちゃった。」

後少しで頬が触れるかと思う距離で、有希は満面の笑みを見せる。カウンターから膝に手を戻すと同時に、背もたれにおかれていた勇人の左腕にそっともたれかかる。酔いの回った勇人の欲望を掻き立てるには十分だ。それを証明するかのように、先程までの会話が嘘のように沈黙が流れ始めた。

明るい店内、目の前に佇む店主、カウンターに並ぶ他の客。こんな状態で、勇人はこれ以上有希に手を出すことはできない。「グロース銘柄」男性は、店のTPOを外れるような行動はしない。

お会計を済ませて外に出ると、有希が口火を切った。

「服部さん。今日食べた初夏の山菜、何か覚えてますか?」

勇人は面食らった顔をしている。さぞかし二軒目のことで頭がいっぱいだったのだろう。

「え...」
「今日は、ありがとうございました。私タクシー拾って帰りますね。」

立ち去る有希の後ろ姿を見ながら、勇人の中には今日の趣旨を忘れた恥ずかしさと、有希と触れ合いながらも何もできなかった悔しさで溢れたことだろう。きっとリベンジ戦の食事の連絡がすぐに来る。

「グロース銘柄」男性は飽きやすいが、自分が優位に立つまでは執着する。もうしばらく鬼ごっこを楽しませたい。

富が上の世代に集中するのであれば、上の世代から違う形で還元してもらえばいい。 勇人からは、「業界での評判」。逆ピラミッド型構造の金融業界で、「業界のスーパースター服部さんのお気に入り」は、今後の有希のセールスポイントになる。

―今後もちゃんと、成長していってね。

初夏の風吹く西麻布交差点から、有希は颯爽とタクシーに乗り込む。

有希の脳内評価:★★★☆☆(5つ星中3つ星)


・採用人数が減り、上の詰まる外資系証券会社において、過去の経歴、昇格のスピードは共に魅力的。引き続き高い成長率を期待したい。

・選んだ店のランクはもちろん、職場の近さと自宅の近さを勘案してくれた点は配慮があり、評価が高い。

・財務状態は強固とみられるが、次回マンションの所在地、車の所有の有無、私服のブランド名を確認の上、月々の出費を概算したい。

・女性からの故意のアプローチに明らかに弱い点、下心が見え隠れしてしまうのは不安要素。ライバルの出現には要注意。


▶︎NEXT:6月2日金曜更新予定
バッグは新作なのに、男は中古品?港区女子と港区おじさんの関係。その矛盾

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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