「でもやっぱり、周囲からの評価ばかり気にしてたら、自分が持たないよね。だからなるべく、自分が“楽しい”ことをしようと思ってるんだ。そうすると余裕が出て、皆に優しくなれる気がする」
その言葉を思い出し、杏奈は剛にこう宣言した。
「料理教室で習った煮込みハンバーグ、今度作ってあげる。バレンタインのパスタのときみたいに、煮過ぎたりしないから大丈夫!」
その言葉に、剛はにっこりほほ笑んだ。
◆
こうして剛と杏奈は、ヨリを戻すことになった。葵に報告し、3人で食事に行く計画を立てていると、剛が「葵さんの車、乗ってみたい!」と言い出した。
ドライブにハマっている葵はふたつ返事だった。「じゃあ来週の日曜ね!」と、翌週の日曜日、本当に剛の家の近くまで来てくれた。
葵お気に入りの、この 真っ赤なG's AQUAの助手席に乗るのも今日で二度目だ。新しい車でドライブするのが嬉しくてたまらないらしく、ウキウキしている葵の姿はとても可愛らしい。
「さて、出発しようか」
今日はお台場まで行く予定だ。このすっきりした気分で海沿いの街を走るのは、とても気持ちいいだろう。
「あ、俺のスマホで音楽かけるわ」
剛が後ろからスマホを差し出す。車内には、剛お気に入りのエレクトロポップ、チャーチズの曲が流れてきた。
杏奈は助手席から、葵の横顔をちらりと盗み見た。
剛と1回別れてから、葵とはますます距離が近づいた。ずっと憧れの先輩だったが、さらにその想いは強くなった。
「葵さん、この間のハンバーグ、早速作りましたよ」
杏奈がそう言うと、剛がすかさず横やりを入れてくる。
「ハンバーグは完璧だったんですけど、こいつ、炊飯器にスイッチ入れ忘れて。杏奈って料理になると天然入るよな」
「それは言わないで!」
そう言い合い、料理の失敗談でひとしきり盛り上がる。その姿を見て、葵はぽつりとこう言った。
「杏奈が元気になって、本当に良かった。杏奈があまりにも幸せそうだから、私も元カレに連絡したんだよね。そしたら来週、会うことになって」
その言葉に、杏奈はとても嬉しく思った。葵にも人知れず悩みはあるのだ。それでもいつも前を向いて笑っている姿に、何度となく勇気づけられてきた。
杏奈は、葵を見ながらこう思った。
本当のいい女とは、葵のように楽しく人生を送りながら、かつ思いやりを行動に移せる人のことだ、と。
落ち込んでいるときに話を聞いてくれたり、料理教室で気分転換させようとしてくれたり。押しつけがましくない葵の励ましは、心底嬉しかった。
軽快にハンドルを切る葵の横顔を見て、杏奈は、“自分でハンドルを握って新しい世界を切り開いていこう”と決意した。
―Fin.
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