「やっぱりお前、元気ないよな?」
帰り道、光司がそう聞いてきた。「そうだね」と笑いながら返すと、光司はふっと自嘲気味に笑った。
「まぁ俺もまだ失恋の傷が癒えてないけど…」
杏奈は勇気を出して、聞いてみた。
「そうなんだ。誰と付き合っていたの?」
光司は、まっすぐ前を見つめ直す。
「…実は、社内の人なんだ。相手に迷惑かけるかもしれないから、名前は言えないけど」
光司は、普段決して見せない切なそうな表情を見せた。
―葵先輩のこと、大切に思ってるじゃない。まだ好きなんだろうな。
これ以上聞けなかったが、杏奈の気持ちは固まっていた。
「私、元彼にやり直したいって言おうかな。自分の気持ちに素直になりたい」
光司もね、とちゃかし気味に言うと「そうだな」と神妙な面持ちで返す。
◆
光司と別れたあと、杏奈は思い切って剛に電話した。1ヶ月ぶりに聞く剛の声。安心して思わず涙声になる。
剛は「久しぶりに食事にでも、行こうか」と言ってくれた。嬉しくて、たまらなかった。
1ヶ月ぶりに、恵比寿のレストランでの再会。8年付き合った2人の仲は、取り戻せるのか!?
待ち合わせの10分前に店に着くと、剛はすでに待っていた。
「…元気してた?」
1ヶ月会っていなかっただけなのに、お互い少し緊張している。
「うん、まぁぼちぼち。杏奈は?」
そう聞かれて、杏奈は久しぶりに「剛、あのね」と無邪気に話していたころの自分を思い出す。
「私が落ち込んでいたら葵先輩が気晴らしにって、ドライブに誘ってくれたの。葉山のプライベートヴィラでやる料理教室に行ったんだけど、すごく楽しくてね…」
ハンバーグを作ったこと、それがすごく美味しかったこと、試食中に恋愛話で盛り上がったこと。
いきいきと話す杏奈を見て、剛はこう言った。
「今だから言うけど、杏奈は常に“これやらなきゃ”って急きたてられていて、見ていてしんどかった。今日の楽しそうな感じのほうが、断然いいよ」
確かに、剛の言うとおりだった。年次を経て仕事の責任が重くなり、プレッシャーに押し潰されそうな日々。ネガティブなことを言いたくなくて、自然と会話は減っていった。
杏奈は、常に虚勢を張っていた。いつも仕事を頑張って充実している私…。実態はそれに追いついていないのに、常に周囲に求められる“いい女”でいようと無理していた。
この間のドライブ中、葵に言われて気づいたことがある。
「誰から見ても“いい女”目指すとさ、自分がないから“どうでもいい女”になっちゃうんだよね。私もそういうとき、あった」
いつも楽しそうにしている葵からの、意外な言葉だった。