30歳のバレンタインの日。
丸の内の大手商社で総合職として勤める杏奈は、仕事に邁進するあまり彼と別れてしまう。
整ったルックスと冷静な仕事ぶりに、いつも「いい女」と言われる杏奈だが、失恋を機にふと立ち止まる。
―本当の「いい女」って…?
杏奈は、8年付き合った剛にフラれ、気分転換に同期会に参加。今まで意識していなかった光司に優しくされ、気になる存在になる。
しかし、会社の先輩・葵と行った料理教室の帰り道、「昔、光司と付き合っていた」という衝撃の事実を知らされた。
―光司君と付き合っていたの。
葵が付き合っていた相手は、杏奈が少し気になっていた同期・光司だった。
杏奈は今日、その光司と食事の約束をしている。待つ間、葵のことばかり思い出してしまう。
―付き合っていたのは1年くらいでね、結婚も考えていたんだけど、すれ違いが続いちゃって…。
◆
「乾杯!」
今日約束していたのは、西麻布の『Crony』。光司と2人きりで食事するのは初めてなので、少し緊張する。
「…でさ、先週ブラジル出張行ったんだけど、これがもう謝り倒しで。もう汗だくだったよ」
出張の話をする光司の横顔を見ながら、ふと思い出す。
杏奈もこんな風によく、出張でのできごとを嬉々として剛に話していた。
「剛、あのね。今日出張先でね…」
この8年の間、何度「剛、あのね」と言っただろうか。
デート中に昔の男を思い出す。それは目の前にいる人が“ちがう”というサインだ。杏奈は、残りかけのワインをぐっと飲み干した。