「お前見てると、何か疲れる」
30歳のバレンタイン、結婚を考えていた彼から言われた一言だった。
丸の内にある大手商社で総合職として勤める杏奈は、仕事に邁進するあまり、彼とのすれ違いが続いてしまう。
整ったルックスと完璧な仕事ぶりに、いつも「いい女」と言われる杏奈だが、失恋を機にふと立ち止まる。
―本当の「いい女」って…?
杏奈は、バレンタインデーに8年付き合った彼・剛にフラれる。久しぶりに同期会に参加すると、ただの同期だと思っていた光司に優しくされ、意識する。その後会社の先輩・葵も、落ち込んでいた杏奈を励まそうと、料理教室のイベントに誘う。
女心に染みる「分かってくれる人がいる」という安心感
月末最後の金曜日、初めてのプレミアムフライデー。葵に誘われた料理教室のイベント、『プレミアムクッキングスタジオ』に行く予定だった。
「…杏奈は頑張り屋だもんな。もっと甘えたらいいのに」
葵との待ち合わせ場所に行くまでの間、光司のその一言を心の中で何度も反芻していた。分かってくれる人がいる、それだけでこんなに心が軽くなるとは思ってもいなかった。社内恋愛は絶対イヤだと思っていたのに、あれ以来、光司を少し意識してしまう。
「杏奈、こっちだよ」
考えごとをしながら待ち合わせ場所に着くと、葵はすでに車を停めて待っていた。葵が最近買った、お気に入りの真っ赤なクルマ。運転席に座る葵は、普段に増して凛々しく見える。
落ち込んだ杏奈を見かねて、葵は気分転換にと誘ってくれたのだ。その優しさに光司の言葉と同様、胸がいっぱいになる。
「よし、じゃあ出発ね」
葵は手馴れた様子で、宝石のような赤いシフトノブを下ろしアクセルを踏む。女二人、 ドライブの始まりだ。今日のイベント会場である、プライベートヴィラを目指す。