堅実で優しい年下の恋人。その存在が、息苦しい
「しーちゃんみたいな人が俺のお嫁さんになってくれたら、両親も絶対喜ぶし、友達も会社の奴らも皆羨ましがるよ!結婚式は、やっぱり帝国ホテルがいいかなぁ」
友人の紹介で出会った正男との交際は、彼の猛烈なアピールに詩織が根負けするような形で始まった。
関係は半年ほどだが、既に半同棲のような状態となっている。そして彼は最近、結婚の話題をやたらと繰り返すようになった。
「うーん...。結婚式をするなら、私は身内だけで、海外とかで済ませたいな...。あなたと違って、友達も多くないし...」
詩織は料理する手を止めず、なるべく棘のない言い方を心掛ける。
「いやいや、しーちゃんは分かってないね!人間って、結婚式とお葬式に来てくれるゲストの数で価値が決まるものなんだよ。そういう節目は、これまでお世話になった人のためにも、盛大にやらなきゃ!」
堅実で優しい正男のことは好きだが、都会の育ちの良い男にありがちな素直さと社交性は、たまに詩織を息苦しくさせる。
「...そっか」
かと言って、自分との結婚を考えてくれるほど男に愛されるというのは、幸福なことに違いなかった。正男は少々背が低めだが、醤油顔のスッキリとした顔立ちをしていて、外見だって悪くない。
それに彼はメガバンク勤めで経済的にも安定しており、真面目で働き者、結婚相手には申し分ない相手であるはずだった。
今思えば、詩織がソムリエの資格を取ると決心したのは、急激に縮まっていく正男との距離に、少しでもブレーキを掛けたかったのかも知れない。
「えー、でも、ソムリエの勉強って、結構大変なんじゃないの?結婚してからゆっくり勉強すればいいのに...」
正男は案の定、拗ねたように口を尖らせたが、詩織は「20代のうちにやりたいの」と意見を通した。
実際、ソムリエの勉強は楽しかった。
もともと旅行好きの詩織は、様々な国で地元のワインを楽しむうちに、興味が強くなっていたのだ。
品種や産地、造り手によって値段も味も大きく変わるワインは、もはや芸術品に近いと思うようになったし、グラスに液体を注いだときにふわりと漂う香り、口にそっと含むときの高揚感も、どんどん病みつきになる。
趣味が一つ増えるということは、人生の楽しみが増えるのと同じことだった。
◆
しかし詩織は趣味だけでなく、本能を狂わせられるような強烈な異性との出会いも、同時に引き寄せてしまった。
「CAさん?独身?もしかして、婚活に来てるの?」
人工的に白い歯を見せ、意地悪そうに微笑んだ英一郎との出会いは、決して印象の良いものではなかった。
冬なのに日焼けした肌、42歳という年の割には筋肉質で引き締まった身体、仰々しい立ち振る舞い。
最初は、機内でもよく見かける金持ちの中年男の典型例にしか思えなかった。
だが、詩織はその時すでに、後戻りはできない場所にいた。
▶Next:2月18日配信
悪そうな年上男との出会い。詩織が感じた、強烈で甘い危機感とは...?
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