愛するか、愛されるか。
東京の賢き女は愛されることを選び、愚かな女は愛を貫くというのは、本当だろうか。
堅実な優しい男と、危険な色香漂う男。
麗しき20代の女にとって、対極にある“二人の男”で揺れ動くのは、もはや宿命と言える。
そんな彼女の苦しみが、貴方には分かるだろうか。
リムジンバスに乗り込み、スマホの電源を入れると、詩織はやっと肩の力を抜くことができた。
時刻はまだ早朝で、朝日も空気も気持ち良く澄んでいる。普通の勤め人ならば、通勤の時間帯だろうか。しかし、詩織はたった今、勤務を終えたところだった。
―フライトお疲れさま。今日はどこかメシでも行く?食べたいものがあればリクエストしてね!
フライトを終えて、恋人の正男からのラインに迎えられることは、長いこと日常となっていた。マメな彼は、海外を飛び回る詩織のスケジュールを完璧に把握していて、いつも労いの連絡を残しておいてくれるのだ。
―ありがとう。でも、お互い外食が続いてるし、家でお鍋でもしない?
たとえ簡単なものでも、正男が手料理を喜ぶことは知っている。詩織が返信すると、すぐに既読の表示がつき、コニーが喜ぶスタンプが送られて来た。
ふと口元が緩むと同時に、重たい眠気が詩織を襲う。
ホノルル便は一年を通してほぼ満席で、一番体力を要するフライトと言っても過言ではない。子連れや海外旅行慣れしていない客も多く、クレームも多い路線で神経も使う。
月に何度もハワイへ行けることを羨まれることも多いが、そう楽な仕事でもなかった。
―今度、俺もハワイに一緒に行っちゃおうかな。
眠りに落ちる直前、詩織の耳に、英一郎の低い囁き声が甦った。罪悪感と甘い感情に胸が締め付けられ、身体の奥がジンと震えるような感覚に陥る。
一体自分は、いつからこんな女になったのだろうか。
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