遥は、指定された西麻布の『葡呑』をグーグルマップで検索していた。
六本木からも広尾からも微妙に歩かなければいけないこの店は、駅からタクシーで来なかったことを後悔させる複雑さだった。
住み慣れた豊洲の街とは違う香りのする街、色々な路地が入り乱れるこの街で、自分を待っている友人達と、今夜の食事会の相手に想いを馳せる。
全く自分を疑う気持ちがないからなのか、そもそも遥にそこまで関心がないからか、夫はすんなりと送り出してくれた。
当日は意外なほど、罪悪感を感じなかった。
そんな風にして考え事をしながら歩く癖が付いているからか、慣れない道だからか、15分ほど遅刻して店に入る。
「あ〜遥〜!やっと来たねー!」
マキコが悪戯っぽく笑う。同じ34歳、同じ結婚9年目。彼女とは、もう何年の付き合いになるだろう。
男性陣の席に目をやると、マキコから事前に聞いていた証券会社で働いているという幹事の男と、その取引先の男、幹事の同級生と、幹事と遊び仲間だという起業家の男が自己紹介をしてくれた。
もちろん4人とも既婚者だった。
取引先だという男は、日に焼けた肌に、厚手の生地の上からでもわかる筋肉質の腕の主張が激しい。遥の苦手なタイプだった。しかし、マキコはそうではないらしい。
「すごい腕ですよねー!何かスポーツとかしてるの?」
マキコは、初対面らしく、敬語で相手の腕を褒めたと思ったら、突然慣れたような口調になった。腕も触りかねない勢いだ。
そう、彼女はこうして異性との距離を縮めるのが昔から抜群にうまかった。自分とは、ここが決定的に違う。家を出るときには感じなかった罪悪感がふと遥に襲いかかる。何だか恥ずかしくて、ついうつむき加減になった。
「それにしても、マキコちゃんのお友達は本当にみんな可愛いよね。」
「本当。皆さすが読者モデルさん。俺今日来て本当良かったよー!」
男達が口々に褒めそやす。その瞬間、遥の心に甘やかな、満ち足りた感情が広がっていく。
―これだ。これこそ、遥の求めていた言葉だった。夫もいる、可愛い子供もいる。今の生活にこれといった大きな不満はない。
けれども、結婚後9年も過ぎた夫は、毎日自分をこうして褒めそやしてくれるわけではない。人並みの、いや人並み以上の容姿を保っていることに感謝の気持ちがあるとは思えない。
instagramにコーディネートをアップして、フォロワーさんから100を超える「いいね」を貰っても満たされない何かが、遥の中でじんわりと埋まったような気がした。
亜希も紗弥香も、もちろんマキコも、満更でもなさそうな表情をしながら微笑んでいる。
「じゃあ、最初はシャンパンで乾杯しようか」
こうして自分の為に、シャンパンのグラスを傾けて、自分を珍しいもののように、興味ありげにじっと見つめてくれる男達。
その視線を皮切りに、遥は思いがけずにその夜を一番楽しむことになるのであった。
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この記事へのコメント
(そして金に困ってないところも笑)