ーねぇみんな。今度の金曜日の夜。お食事会しませんか、っていうお誘いがあるんだけどー!!
ゆっくりと半身浴を済ませ、いつものようにパックをべったりと貼った顔でストレッチをしていた遥のスマホの画面が慌ただしく光る。
スポーツ中継に夢中になっている夫は、遥の方を振り向きもしない。
素早くLINEトークに目を走らせる。
ーお食事会って、なになに、男性陣が来るってこと?
間髪入れずに、亜希が返信をする。
ーそう!あちらも皆さん既婚者だから、遠慮なく飲みましょう、って。マキちゃんなら綺麗なお友達たくさんいるでしょって言われちゃって。みんなしかいないのよ〜!
その後に、可愛らしいドラえもんのお願いスタンプが3つ程連打される。
既婚者だけの、食事会…?
一体、どんなものなのだろうか。
独身時代に何度か参加してきた食事会とは、もちろん趣旨が違うものなのだろう。
以前から、マキコは良く飲みに行く男友達のことを話してくれていた。
外資系メーカーに勤務しており出張も多いマキコは、飛行機内で隣同士になった医者の男、仕事関係で知り合ったITベンチャーの社長など、遥が普段全く関わることのない男たちの話をよくして、女子会を盛り上げてくれる。
時々、夫がいても男友達と2人で飲みに行くことを隠そうともしないマキコの感覚がわからなくなることがあったが、そんなことは30を過ぎた女の友情には関係のないことだった。
それよりも、表では品行方正な妻を装いながら露骨な嫌味を言ってきたり、無意味なマウンティングをするような女たちの方がよっぽど品格がないように思える。
遥がそんなことを考えている間にも
ー相手は私の飲み仲間で、もちろん奢ってくれるよ。西麻布の古民家でワインが美味しいお店だって
ー絶対楽しいよ。別にお食事だけだし、たまには男性に奢られてパーっとしよう♪
という、マキコからのメッセージ着信は鳴り止まなかった。
ー私、行ってもいいよ。
最初に返事をしたのは、意外にも紗弥香だった。すでに4歳の子供がいる紗弥香は、光が丘の実家の近くに戸建てを購入しており、夜の女子会の時は実家のお母さんに子供を預けて都心に出てくる。
ー最近、なんか面白いことないかなぁって思っていたところだし
紗弥香に続き、亜希も同調したような返信をする。
ーわかる。ちょっとした刺激が欲しかった頃かも!ナイスタイミング、マキちゃん。
皆、驚くほど簡単に「既婚者限定の食事会」に出席することを決めている。
誰一人、「旦那さん、大丈夫なの?」などと聞かない。
自分が過剰反応しすぎなのだろうか。
もしかしたら、そんなに身構えるほどのものでもないのかもしれない。
遥はそそくさと冷蔵庫に貼ってある夫との共有カレンダーを確認する。
確かその日は夫は楽しみにしているボクシングの試合がある為に、会社から早く帰宅する予定だ。
この豊洲のマンションは、夫の勤務先から近いという理由で購入したのだ。ドアツードアで、15分で帰宅できる。
「ねぇ大ちゃん、私、金曜日、またマキコや紗弥香達と女子会に行きたいんだけど…いいかな?」
「いいよ〜」
リビングから、夫の間の抜けた優しい返事が聞こえた。
夫婦仲は、悪いわけじゃない。
けれど、9年間も同じ屋根の下で暮らし、遥がいくら髪を切ろうが新しい服を着ようが、主婦雑誌に掲載されようが全く自分に興味を示してくれなくなった夫。
ただ、小さな頃から異性に可愛いなどとチヤホヤもてはやされ、相手など他にもいくらでもいた遥と結婚できた割には、あまりにも夫は淡泊だった。
遥は、「OK」というメッセージの入ったスタンプを返信した。
マキコは喜んで、ハイテンションなスタンプを連打し続ける。
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(そして金に困ってないところも笑)