
硝子の少年:男なら誰にでも、忘れられない女がいる。
小汚い居酒屋で、1人輝く、とびきりの美女。学生時代の出会い
エリカとは、大学のテニスサークルで出会った。
なかなか人気の高いインカレサークルで、比較的目立つタイプの男女が集まる種のものだった。僕は上智に通っていて、高校からの同級生で同じ上智に進学した瑛太に連れられ、そのサークルに所属することとなった。
大した活動をするわけでもないが、どこかしらのサークルに属しておいた方がいいという意識は、学生なら誰もが持ち合わせている。
「おい、あの子...。モデルか何かかな?」
四ツ谷で行われた新歓コンパの日、瑛太に小突かれ視線を向けた先に、エリカがいた。
最初に目を奪われたのは、彼女の髪の美しさだった。肩までまっすぐに伸びた、光るような栗色のストレートヘア。彼女がこちらに顔を向けると、今度は、陶器のように透き通る肌に見入ってしまった。
小汚い大衆居酒屋の中で、彼女の周りだけ、空気がふわりと明るく照らされていた。
「人形だ」
同じ新入生として、彼女がちょうど僕の真向かいに座ったとき、すかさずそう思った。色素の薄い大きな瞳に、形の良い鼻、桜色の唇。エリカは、他の人間とは、素材からして明らかに作りが違った。
彼女がふと視線を落とすと、長い睫毛が、一点の曇りもない白い頬に綺麗に影を描く。それ発見してしまったとき、僕はもう、エリカの虜になっていたように思う。
それほど美しい女を現実に目にしたのは、生まれて初めてだったのだ。
もちろん、彼女の美しさに惹かれたのは、僕だけではない。男女問わず、その場の誰もが彼女に注目し、近くにいる者は緊張していた。
しかしエリカ本人は、そんな周囲の好奇の目に晒されるのは、当時すでに慣れっこだったのだろう。
誰を意識するでもなく、姿勢良くマイペースに、テーブルに並べられた料理をつつき、隣に座る加奈子とだけ、小さな声で会話をしていた。
目の前に座る僕とは、一度だけ、一瞬目が合ったはずだ。しかし、僕はほんの1ミリも彼女に興味を持たれることなく、視線は素通りし、食べ物へと移っていった。
一人勝手に少し傷ついたその思い出を、僕は今でも鮮明に覚えている。
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