奈緒が現れてから、自分なりの努力は重ねたつもりだ。仕事最優先で美容をほったらかしにしていた生活も反省した。「忙しいから」を免罪符に何もしない自分は、そもそも自分でもあまり好きではなかった。
最近の久美子は自分磨きをさらに進化させていた。週末は髪に集中トリートメントをするのだ。それは、ちょうど乾燥が気になり始めた頃にたまたま見つけて「温ケア」という言葉に惹かれて買ってみた、1回使い切りタイプのトリートメント。使用感はもちろん一度容器ごとお湯で温めるという斬新な使い方も気に入った。
容器を湯船にポチャンと沈めて、その間にシャンプーと「トリコン」を済ませる。それが終ると湯船から容器を拾い上げ、温まった成分が髪に浸透するよう「温ケア」をする。
忙しいと心も荒んでしまうが、鏡に映った自分の髪が綺麗だったり、手触りが良かったりすると、それだけで尖った心がすこしだけ丸くなるのだから不思議だ。
自分なりに、綺麗になるための努力は尽くした。それでも、頼樹が奈緒の事を選ぼうとするなら、その時は潔く身を引く覚悟だ。
女たちの決戦の日、二人の男も翻弄される
「ごめんなさい!」
岡田とのデート当日、レストランに入ると久美子は真っ先に岡田に謝った。今回のいきさつを全て正直に話したのだ。「そんなことになってたの?」と驚いたあと、「せっかくデートできて嬉しかったのに残念だな」と笑いながら言った。
「しかし山崎さんも、可愛い顔してやるなぁ」と言って、ちょっと面白がっているようでもある。
「頼樹たちはもう奥の席に居るの。でも、気にせず私たちも楽しみましょ」
久美子にそう言われて、岡田は「わかったよ」と両方の眉毛を上げながら、半ば呆れたように言った。。
「それにしても、本当に今日は雰囲気違うよな」
岡田は久美子を見ながら感心したように言った。今日の久美子は、思い切りドレスアップしてきたのだ。女性らしい艶っぽさを放つ久美子に岡田も少し緊張しているようで、最初は向かい合って座る久美子に見とれていたほどだ。
「もし頼樹と別れることになったら、俺のことも真剣に考えてね?」
いたずらっぽい笑顔で言われて、久美子は返事に困ってしまい、話をはぐらかすように「乾杯しよっ」と言うのが精一杯だった。
しばらくワインを飲みながら、岡田と同期たちの話で盛り上がっていると、奥の一段高いスペースにいた奈緒が、久美子たちに気付いた。奈緒は雰囲気が変わった久美子の姿に一瞬驚いた後、正面に座る頼樹に声をかけ、こちらを見るよう促した。
「気付かれたみたいだな。なんか、すっごく見られてる気がするんだけど」
岡田は苦笑いしながら久美子に言った。久美子は、心から楽しそうな満面の笑顔で「そうね」と言いながら右手をワインに伸ばす。