
~ビジネスにリスクのない道はない。ポジティブに最善策をとり続ければ問題は解決していく~
ルーティン化したサラリーマン生活を打開した妻の一言
金丸:ところで、企画部の仕事はどうでしたか?
魚谷:最年少のプロジェクトマネージャーとして、充実していましたね。最初は上司に「絶対にこういう新製品が必要なんです!」と主張していましたが、3年、5年が経ち知恵がつくと、「専務はこう言うだろうな」と先読みして、いつの間にか上司の意に沿う提案をするようになっていました。あるとき、そんな私に、妻が「しょうもない日本のサラリーマンになったわね」と言い放ちまして(苦笑)。
金丸:すごい奥さまですね。関西弁の「しょうもない」って強烈な言葉ですからね。
魚谷:そうなんですよ。「アメリカから帰って来たときはえらい勢いがあったのに、すっかり丸くなっちゃって」と言われて、ハッと我に返りました。
金丸:それで辞めようと思ったのですか?
魚谷:ですが、なかなか辞められなくて。「辞めたい」と課長に話したら部長に呼ばれ、次は本部長、専務、人事本部長と、いろいろな方に残るように説得されました。
金丸:奥さまは何と?
魚谷:「人生は一度だけなんだから、好きなことをやったら」と。
金丸:さすが魚谷社長に「しょうもない」と言い放った奥さまですね。
魚谷:彼女のおかげで、今の自分があるのだと思います。人事のコンサルタントやヘッドハンターの話では、断られる理由の多くが、奥さんに「転職のリスクを考えなさい!」と説得されるそうなんですよ。まあ実際には、川を渡るときが怖いだけで、渡ってしまえばどうってことないんですけどね。
リスクがない道はない。どんな険しい道でも乗り越えられる
金丸:日本人はできるだけリスクを避けようとしますからね。
魚谷:ですが、リスクがない道はないし、100%リスクを回避することはできません。目の前に壁が立ちはだかったり、巨大な山がそびえ立ったりすることもあるけれど、それをポジティブに捉えて、最善策をとり続ければいいのです。それでも解決できないリスクに当たる確率なんて、ほんのわずかに過ぎません。やれるだけのことをやったら、ある程度は楽観的に構えるしかない。私の経験上、どんなこともなんとかなるものですよ。
金丸:同感です。『東京カレンダー』の読者は、リスクテイカーであってほしいですね。
魚谷:その後入った日本コカ・コーラ株式会社でも、予測のつかないことの連続でした。そもそもコカ・コーラというのは、ひとつの飲料に過ぎません。それをマーケティングの力で、世界中に広げてきたのですが、私が入った頃は、それまでの「面」で売上げを伸ばせる時代から「点」、つまり消費者の個人消費量を増やしていく時代に変わりつつありました。そのために、より深いブランディングやマーケティングが必要とされていました。
金丸:そうしたブランド戦略のために、世界中からハイレベルなマーケティングの専門家が集められていたのですか?
魚谷:そういうわけではないんですね。確かにロジックは大切だけど、それほど難しく考える必要はないんです。消費者が本当に欲しいものは何か、消費者が驚くもの、楽しいと思うものは何かを考えることが重要なので。
金丸:何が消費者の感性に響くか、ということですね。実はこれまでずっと頭でっかちなマーケティング理論をこねる人に違和感を抱いてきたので、魚谷社長の説明がものすごく腑に落ちました。
魚谷:私は当時、缶コーヒーの「ジョージア」を担当していたのですが、ライバルであるサントリーの「ボス」のマーケティングは、非常に参考にさせてもらいました。ボスは矢沢永吉さんを起用した、サラリーマンの心情にフィットするコマーシャルがとても当たっていました。その差は明らかで、全国の売上げは自販機の数が多いジョージアが上でしたが、コンビニで2つが並んでいるとき消費者が手に取るのは、ボスでした。この違いは何か。つまり缶コーヒーは、エモーショナルな部分に働きかけることで、ブランド力が強化されることがわかったんです。
金丸:敵に学んだのですね。
魚谷:それでジョージアも同じように、エモーショナルな部分に訴えようと、某お笑い芸人の方たちによるサラリーマンの悲哀を表現したコマーシャルを企画したのですが、撮影直前に、なんとその芸人さんが事故に遭ってしまって…。製品発表会も控えていたので、延期もやむなしという重苦しい雰囲気のなか、広告代理店のアメリカ人の社長が「発想を変えてみよう。男性サラリーマンは、男性よりも女性から『お疲れさま』と言われた方が癒されるんじゃないの?」と言ったんです。「それ面白いやん!」となって、急きょ癒し系の女性タレントを探しはじめました。で、20代の若い担当者から「飯島直子さんはしゃべりも面白いし、人気ですよ」という声があがって。
金丸:あの大ヒットCMが生まれたんですね。
魚谷:追い詰められたからこそ逆転の発想ができ、良い結果につながったのだと思います。