人の好さそうな中年上司の秘書など、楽勝に違いない
9月1日。ミドリの秘書生活の、記念すべき第一日目。
早朝の丸の内の仲通りは、爽快過ぎる風景だった。表参道とはまた違う、スピード感のある雰囲気が気に入った。ミドリは以前ファミリーセールで購入した、ハイブランドのスーツを着た。衝動買いをしたもので、実際に袖を通すのは初めてだ。
面接では、噂の村上を含め数人の社員に会ったが、皆穏やかで温和な人柄であった。
「へぇ、あのブランドからウチに来てくれるなんて、有難いなぁ。」
面接時、お世辞ではなく本当に感心した様子でコメントした村上は、評判通り、俳優のようなイケメンの中年男性だった。柔らかな笑顔も魅力的で、確かに「王子」のようなオーラを発していた。
ミドリは散々、多種多様な人種の接客を経験してきた。お人好しそうな中年男性の一人の世話など、きっと楽勝に違いない。
「本日からお世話になります、白坂ミドリと申します。よろしくお願い致します!」
「望月泰子です。顧問の新堂の秘書をしています。今後しばらくは、私がミドリさんにお仕事を引き継ぎます。」
胡蝶蘭で飾られた受付に登場した、この泰子と名乗る先輩秘書に、ミドリはつい気後れした。
年齢は少し上と思われるが、松雪泰子を思わせる超正統派美人だ。ベージュのスーツを完璧に着こなし、ハイブランドと思われる細いピンヒールのパンプスを履き、モデルのような身のこなしでオフィスを歩く。
柔らかな髪はふんわりとした夜会巻きで纏められていて、大人の色香が漂う。泰子の後ろを緊張気味に歩くと、ふわりと上品な香りがした。
-この人。ただ者ではなさそう...。
元販売員のカンが、そう言っていた。泰子の存在は、さらにミドリのミーハー心を刺激する。特別愛想が良いわけではないが、優しそうで、面倒見も良さそうだった。
オシャレな丸の内の秘書生活が、スタートする!
「これは社内のマニュアル資料です。初日なので、一読しておいてください。ミドリさんは、村上さんのメールボックスへのアクセス権があるので、メールやスケジュールは常にチェックして、流れを掴めるようにしてくださいね。
ちなみに村上さんは、今日はクライアント先に外出してるの。もしかしたらオフィスには寄れないかもしれないけど、改めて後ほど、社内に一緒にご挨拶に回りましょう。」
泰子が設定をしてくれたOutlookでは、村上のメールはすべて閲覧できるようになっている。秘書は上司のメールボックスまで覗く権利があるなど、ミドリはかなり驚いた。
「これ、メールの中身まで見てしまって、いいんですか...?」
「嫌がる人もいるけど、村上さんは忘れっぽい性格なので、秘書がよく目を通してフォローしてあげるようにして下さい。最初は慣れないかも知れないけど、1ヵ月くらいは私も一緒にフォローするので、よろしくね。」
広々としたオフィスを、ぐるりと見渡す。インテリアはシンプルながら高級感のある雰囲気で、一面の窓は東京駅とは逆側の皇居側を向いており、眺めは最高だ。
そして、ミドリのデスクは、いわゆる「島」タイプではなく、半個室のように区切られており、広々としてプライベート感もある。素晴らしい環境だ。
-私、本当にオシャレな丸の内の秘書になっちゃった...!
ミドリの心は、これから始まる秘書生活へと、完全に浮足立っていた。
次週9月14日(水)更新予定
ミドリは秘書として、思いがけない洗礼を受けてしまう...?!
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