土曜日
On Saturday
PM 0:00
「アジアって、才能溢れる若者が多いらしいね。私も来年応募してみようかな」
相変わらず真美が調子の良いことを言いながら、世界中から集められた才能溢れる写真にふたりで目を凝らす。
NGSで開催されている『SG International Photography Festival』は写真が好きな真美の行きたい場所リストに入っていた。普段ゆっくりとアートの触れる時間がない修二にとっていい機会だった。
シンガポールの街中を歩いていると英語と中国語が聞こえてくる。今回の写真展のテーマも「中国の文化大革命」で、短期間でここまで発達したシンガポールの歴史的背景が見られるのは興味深かった。
「修二、知ってる? シンガポールって教育の水準がすごく高いんだって。友達が結婚してこっちに住んでいるんだけど、子育てするならシンガポールが絶対いいって聞いたの。結婚したらシンガポールに住むのもいいよね」
そのとき真美がハッとしたような表情になる。結婚の話になるといつもどこか気まずい雰囲気が流れることを知っていたからだ。修二自身の離婚経験から、いつも逃げてきた結婚の話。真美を見ると、 言ったことを後悔しているようだった。
「俺もいいと思うよ」
自分で、自分の発言に驚いた。慎吾のことがあって以来、少しでも自分のほうがリードしている部分を見つけたかったのかもしれない。しかし修二よりも驚いていたのは真美のようだ。
「ねぇ、シンガポール川のクルーズ船乗りに行こうよ 」
焦った真美が慌てて話題を変え、何だかふたりであたふたしてしまった。
土曜日
On Saturday
PM3:00
さっそく、リャンコートの前にある船着き場へ向かい、クルーズ船へ乗り込む。川沿いからシンガポールの街を眺めると、改めてもとからある文化を大切にしながらも急発展を続けるこの国のパワーに圧倒される。
昔ながらの倉庫街を残したまま、カラフルで可愛らしい街並みのクラーク・キー。同じアジアなのに、どこかヨーロッパのような雰囲気もある。
「クルーズ船で こうやってゆったり素敵な街を眺めるなんて、まさに理想のデートだね 」
確かに、東京でこんなクルーズ船に乗ったことなんてあったかな…。
船から観る景色は素晴らしい。マリーナベイサンズの近代的な建造物と、マーライオンやフラトンホテルのような歴史的建造物も鑑賞できる。モダンでキレイな街並みの中にもどこか温かみがある。
真美はきらきらと輝いている。気持ちよさそうに風を受けながら目を閉じている真美の姿を見て、この先も一緒にいれたら毎日が楽しくて幸せなんだろうと思う。
クルーズ船を楽しんだ後、オシャレなバーやカフェが川沿いに立ち並ぶロバートソン・キーエリアにやって来た。
「ねぇ、あの慎吾ってひと、修二の後輩なの?」
オープンテラスで楽しそうに歓談する人達を眺めながら、真美が突然聞いてきた。
「後輩ではないけど、後輩のような...どうして?」
「そうなんだ。別に何でもない」
「気になるの?」
「ううん、でも何かふたりの間の空気感が私にはよく分からなくて」
真美の呑気さにがっくりする。「お前、慎吾に狙われているよ」と言いたいところだが、それを伝えるのもなんだか悔しい。モヤモヤした気持ちと焦る気持ちが交錯し、川に映る二人の姿を見つめるしかなかった。