慌ただしく、そして力強く、東京を生き抜く男たち。
だがしかし、東京で暮らす男は皆、煌きながらも、密かに心の闇を抱え戦っている。
いくら頑張っても果てしなく渇き続けるそんな東京砂漠に、一滴の雫の如く、彼らの闇を癒す存在がいた。
エレナ、29歳。石川県出身。職業、精神科医。
これは、彼女が東京の男たちの心の闇を解決していく物語である。
美人形成外科医、突然の結婚宣言。インスタは封印?
「ああ、そういえば、結婚するわ」
いつものけだるい口調でサトコが言った。
「えー!」
珍しく甲高い声で叫ぶエレナ。となりでお茶をしていた和装の老婦人に睨まれ、あわてて声を潜める。
日曜日の午後3時、『ザ・ロビー』。ペニンシュラ東京の1階にあるこのラウンジは、人の行き来が多く通路と座席との距離も近い。それが落ち着かないという人もいるだろうが、エレナとサトコは敢えて通路近くの席に座り、人間観察を楽しむことを趣味としている。
ただ、今日ばかりは人間観察などしている場合ではなかった。
「えっと…頭でも打ったの? CT撮ろうか?」
「失礼な。私だって結婚のひとつやふたつ、するわよ」
…信じられない。サトコは、エレナの知りうる限り一番結婚から遠い女である。
サトコ、32歳。神奈川県出身。職業、形成外科医。
ハーフのような彫りの深い顔立ち、やや浅黒い肌に、よくしゃべる大きな口。形の良いバストと美脚を強調するワンピースを纏い、ワンレンのロングヘアはいつもキツめにカールされている。
「バブル…」初めてサトコを見たとき、エレナはそう思ったものだ。
見た目にたがわず派手好きなサトコは、医大生時代から夜な夜な浴びるように「泡」を飲み、常時デート相手リストは数十人。そのリストは質も良ければ更新のぺースも早い。雲より軽いお尻を持ち、10年以上東京恋愛市場の最前線を疾走してきた。
自他共にみとめる男好きだが、そこに「結婚したい」「女友達に自慢したい」といった野心は皆無。ただ楽しいから遊ぶ。いたってシンプルだ。
美容整形手術の経験も積み、年収が2,000万を超えるようになると、その勢いはさらに強まった。サトコは、世間の「婚活女子」をあざ笑うかのように男を振り回し続けた。
エレナは、あらためて目の前のサトコを眺める。その「バブル」なビジュアルには、「雑魚にモテる気はない」という気概が現れている。媚びを知らない清々しさがあり、一緒にいるとアトラクションに乗っているよう。その小気味良さは、女友達というよりもゲイバーのママのようだ。
面前に座るエレナは対照的だ。150cmちょっとの華奢な体、艶のあるストレートのセミロングヘア。陶器のような白い肌に黒目がちなアーモンドアイが印象的な顔は、「幸薄い系」と男ウケは良い。
華やかさはないが細やかに手とカネがかかっており、「あんたみたいのが一番タチが悪い」といつもサトコに笑われる。
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