2016.05.03
ソフィアンの半生 Vol.1〈23歳、向かうところ敵なし〉
父親の仕事の関係でアメリカのニューヨーク州に生まれ、現地のミドルスクールを卒業するまでずっと海外で育った真美は、もちろん英語はペラペラで上智大学へも帰国子女枠で入学した。
英語は得意というより日常語であったので、あまり勉強しなくてもいい成績がとれ、成績がよければいい企業に就職できるという企みで、真美は文学部英文学科を受験した。
彼女の3歳年上の早稲女の姉が、当時付き合っていた恵比寿に住む羽振りのいい外資系証券マンの暮らしぶりを見て、就職は外資系証券会社の業界のみを集中的に受けた。
その結果、米国大手のメガバンクグループの証券会社に内定が決まった。
同期の中では新卒1年目にして現在の父親の年収を超えたと豪語する東大卒の投資銀行部門の人がいた。真美もバックオフィスの仕事ではあったが平均より大分余裕のある生活ができるようになったので代々木公園で一人暮らしを始め、年に数回海外旅行に行っては、自由奔放な暮らしを手に入れた。
デリバリー・バーサス・ペイメント。真美の仕事でしょっちゅう使う言葉だ。証券決済に携わると株券とそのお金を同時決済することだ。そうすれば株券はもらったけれどもお金が支払われないというクレームを防ぐことができる。
現実は逆だ。
着実に上がって行く年収とキャリアを享受しながら、若さと引き換えなければいけない現実の残酷さに、真美はそろそろ気づき始めていた。
〈28歳の焦り〉
真美がセックスに重きを置かないというのは、彼女がただのプレイヤーだからというわけではない。むしろ逆だ。西麻布界隈で行われていた華やかな合コンは、“出会い”を求めて行くのではない。刹那的な快楽のためだけである。
真美は恋すると毎回本気だった。
だからこそ、不誠実が服を着て歩いているような人たちとプライベートで付き合うなんて、人生を棒に振る覚悟がないとできない。彼らが真美に発する「愛している」は、「お腹空いたね、なんか食ってく?」くらいの意味しかないのである。
真美は、もちろんキャリアは大事だし専業主婦になりたいと思ったことは一度もなかったが、キャリアを優先してまで恋愛を犠牲にするタイプではなかった。彼氏ができれば尽くすし、上手に甘えた。彼氏が19時にディナーをしようというと、仕事が終わっていなくても19時までに肌も髪も完璧に整え、連れて歩くのが恥ずかしくないようにした。
真美には銀座、品川、恵比寿、新宿、赤坂に20分で髪を巻き髪にしてくれて2500円というサロンのリストが常時、頭の中に入っている。その代わり、午前2、3時には起き出して仕事を終わらせ、7時にはふたりの朝ご飯を用意した。
彼氏がいないときはクラブで出会った“男友達”と会って女に生まれてきた喜びを忘れないように心がけた。“男友達”と言っても、ちゃんとお付き合いしたこともある。でも2か月で終わってしまったり、友達以上恋人未満のだらだらした関係が半年以上続くことも度々あった。そうこうしている間に、周囲はどんどん結婚をしていく。
すこし勝気な性格で、日英西中のクワトロリンガル、収入も平均より高めの女子は、それなりの男性でないとデートに誘われても及び腰になる。
だけれども自信のある男性はもっと若くてとびきり美人な子とお付き合いをするのだ。勝ち目がない。自分が男に生まれていたらどんなにモテたことかと母の胎盤を呪う真美だった。
つい先日もこんなことがあった。
「飲みに行きませんか」との誘いから「お店任せるから選んでおいて」という流れになり、最近女子会で使ってお気に入りの『フラムセーヌ ステックキュイジーヌ』を予約しておいた。店で待ち合わせたその男は開口一番に、「俺あんまり来ないな、こういうところ。」といわれ、メニューを見て言葉少なになった。「私も、たまにかな。」と真美は調子を合わせた。「赤提灯系も、すごく好きだし、よく行くよ」
真美は実際、B級グルメも好きだ。でもせっかく……。
せっかく、こういうところに来ているのにB級も好む、という会話に合わせなくてはいけないのはどうしてなんだろう。
高級レストランばかりが好きなわけでもない。
こんな高い店を選んだ女、というふうに思われてしまうの?舌だけ肥えたアラサ―だと?
「高級レストランに行かなくても、あなたとなら赤提灯で幸せ」という話でなく、コスパ重視の赤提灯も選択できるし、雰囲気重視の高級レストランも同列で選択するというバリエーションの話にならないのが悲しかった。安くて汚くてうまい店だって好きだし、高いか安いかでだけで、決めつけないで欲しかった。
お会計を店員から渡されたとき「お店、私が選んだから払うね」といったら「あ、じゃあ俺次払うよ」といわれ、2万7000円の全額、真美が払うことになった。
もちろん、次のお店はふたりで1万円もかからないお店だった。
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