2016.05.03
僕のヤバい時計 Vol.1今一瞬、相手の視線が自分の袖元に落ちた……。
誰かと話している時、そんな瞬間を捉えたことはないだろうか。まるで、身に着けた時計から自分が査定されているような、心安らかでないヒヤッとするような感覚。そう、見ている人は見ている。貴方の時計を。
スマートウォッチが誕生し、携帯で時間を確認すれば事足りる時代を我々は生きている。それでも、男たちが高級時計に魅せられるのは何故だろう? 彼らが刻む、「時」とは。
高級時計を一つや二つ持っているのは不思議ではないが、ずば抜けて高い時計や、多くの時計を所有する男もいる。
そんな彼らの「ヤバい時計」をご紹介。第一弾を飾るのはーー
競馬と言えば、ディープインパクトや武豊氏を思い起こす人は多いだろう。しかし、競馬界のプレーヤーは、なにも表舞台に華々しく登場するジョッキーや競走馬だけではない。
日本競馬界には、実は馬の靴屋さん、所謂ブラックスミスと呼ばれる職人がいるのをご存じだろうか。競走馬の蹄の管理を行い、蹄鉄を打つ職人のことで、彼らは「装蹄師(そうていし)」と呼ばれる。
我々は、日本中央競馬会(JRA)の美浦トレーニング・センターの装蹄師として、開業装蹄師の3代目にあたる、一人の御曹司に出会った。
Mr. Black Smith、29歳。
この日、青山にある『Casita Lounge』に現れた彼は、Dior Hommeのテラードブラックスーツに身を包み、太陽の猛烈なキスを浴びせられたかのように日焼けした肌が、「ギラつき」感をより一層引き立てている。
その左手には、オーデマ ピゲ ロイヤルオーク クロノグラフ。夜の淡いルームライトに反射して、主張を抑えることもなく、否応なく存在感を解き放っている。
29歳にしてこの男、時計遍歴がヤバい。
① ロレックス ヨットマスター(高校時代に父から譲り受ける)
② フランク ミュラー カサブランカ
③ ブルガリ アショーマ クロノグラフ
④ ブライトリング クロノマット44
⑤ オーデマ ピゲ ロイヤルオーク クロノグラフ
「恥ずかしいんで、あまり指は見ないでくださいよ」――
骨ばった指、筋肉質な親指の付け根に目をやると、匠の技を磨くその男の指に、惚れ惚れする女性はきっと少なくないだろう。
某有名私立大学を卒業後、1年間装蹄教育センターと呼ばれる専門学校に通い、2級認定装蹄師の資格を取得。現在は、開業装蹄師の2代目にあたる父の元、次男の兄弟子と共に、日々腕を磨いているという。
そもそも、装蹄師にはどうやってなれるのか、まだピンと来ていない読者も多いことだろうから説明したい。
まず専門学校を出て2級装蹄師資格に合格してから、勤務装蹄師として5年間修行を経て、ようやく1級装蹄師資格の受験資格を得られる。親方になるには、そこからさらに10年間の下積み経験が必要になり、指導級認定装蹄師に合格すれば、トレーニング・センターで開業することが出来るのだそうだ。
国内最大級の美浦のトレセンでは、東京ドーム約48個分の敷地を有し、約2,000頭もの競走馬が毎日レースに向けてトレーニングを受けている。
「うちの会社では、毎日25~30頭の競走馬に蹄鉄を打っていて、美浦のトレセン内でも最大級の規模です。父はあくまで親方なので、「お父さん」っていう感覚で見たことは、1度もないですよ。ただ、元々は家業を継ぐこと自体に興味はなかったんです。親が引いたレールの上を歩むようで、『いいよな、お前は』って言われるのも嫌だったし、大学卒業後はファッション関係の仕事をしたいと思っていました」
家業を手伝いながら、職人技を究め、いつかは親方として開業の道もあり、しっかり稼げるこの仕事に着目して、腹をくくってこの業界に入ったと話してくれた。男たるもの、1度決めたことは絶対に曲げたくはない。
言葉を丁寧に選びながら、装蹄師という仕事への熱意を語る。
「調教師1人につき1厩舎で20頭くらいを管理していて、開業装蹄師に蹄鉄を打ってほしいと依頼されます。トレセン内では一律1頭2万円。技術職なので、トレセンの外では言い値でも通用しますよ。
担当している馬の頭数も技術によって変わってくるので、技術力があると認められれば、より強い馬を担当することが出来るんです。実力主義なので、一番上とは7~8倍の開きがありますし、仕事がないところもあります。極端な話、1日30頭に蹄鉄を打てば、1週間でだいたい300万程度の売上になる計算です」
それだけ聞けば「売れる」開業装蹄師の年商がいくらかは想像に難くないが、早朝4時から19時までの労働時間や作業内容を聞くと、まさに体力勝負の厳しい世界であることが分かる。親方にまで上り詰められる人は、ごく一握りの職人のみだ。
「5年程この仕事をしていますが、既に養成学校の同期は半分近くが辞めているかな。馬が驚いて蹴られたりしたら、大事故になることもありますからね」
そう言って見せてくれた右手の薬指は、コンクリートの上で馬の蹄に蹄鉄を打っている際、驚いた馬が足を上げ、そのまま彼の指の上めがけて足を振り落した時の怪我の深刻さを物語っていた。
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