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日比谷線の女 Vol.6

日比谷線の女:夢と野望に溢れた彼との、恵比寿での濃密な半同棲生活

付き合って1年を迎える頃、涼は転職すると言いだした。香織が聞いたこともない関西の大学を出ている涼は、就職先の第1希望は大手広告代理店だったそうだ。3次試験までは進んだものの、結局不採用となり今の会社に入ったらしい。

だがやはり大手広告代理店が諦められず中途採用試験を受けて、見事採用の通知を受け取ったのだ。

今とは比べ物にならないビッグプロジェクトに参加できること、そして年収は今より300万アップの800万になり、そこからどんどん上がっていくのだと興奮しながら話していた。

涼の転職が決まった頃、香織の住む祐天寺のマンションが2回目の更新を控えていた。東京では2年に1度訪れる賃貸物件の更新に合わせて部屋を住み替える者も多い。香織もすでに1度更新していたから、次のタイミングで引越を考えていた。

そのことを涼に相談するとあっさり「じゃあ一緒に住もうよ」と言われた。聞けば涼も、年収アップに合わせて引越を考えていたそうだ。上昇志向の強い彼は住む場所、暮らし方、食べるものまで、少しだけ背伸びをすることをモットーにしていた。

背伸びすることで「明日からまた頑張ろう」というモチベーションに繋がるのだと言う。とりわけ住む場所は、なりたい自分に近づく一番手っ取り早い方法なのだと熱弁していた。念願の転職を決めた彼にとって、今の住まいでは物足りなくなったのだろう。

涼からの思いがけない同棲の提案に、香織は胸を躍らせた。だが同棲となると今までのような半同棲とは全く話が違ってくる。

こんなに軽い気持ちで決めてしまっていいのかと、少しの不安も感じていた。20代後半でお互い結婚も意識するタイミングだ。

そのことを重く捉えられないよう慎重に切り出すと、彼は驚くことも嫌がることもなく、2年ぐらい同棲して30歳までに結婚できれば理想だね、と話しは纏まった。

タワマンに住むスーパーセレブな男たちとの結婚を一時期は本当に目指していた香織も、そんな野心はいつの間にか消え、落ち着いた恋愛を求めていた。

お互い仕事し、生活には少しのゆとりがあってたまに贅沢なデートを楽しむ、そんな暮らしが心地よかったのだ。

新居はすぐに決まった。恵比寿ほど賑やかでなく、落ち着きすぎてもいない街。若いカップルがリラックスしてデートを楽しむのに、ちょうどいい空気感が漂う街……。2人が同棲をスタートする場所として選んだのは、またしても日比谷線沿いの、そんな街だった。

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日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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