涼が住んでいたのは恵比寿駅から徒歩1分、1K約30㎡、10階建ての5階で家賃は約16万円。デザイナーズらしいコンクリート打ちっ放しのその建物は、下の階にコンビニや飲食店が入っており、とにかく便利なマンションだった。2人で過ごすには少し狭さを感じたが、この立地では文句もなかった。
初めて彼の部屋に足を踏み入れると、間接照明の多さに驚いた。ベッドの横やテレビの近くと本棚の奥、キッチンの明かりまで間接照明だったのには感心しつつも笑ってしまった。
「ちょっと暗くない?」と聞く香織に、「この薄暗い中でワインを飲むのが好きなんだよ」と“きれいなジャイアン”は照れたように笑っていた。
彼はワインを集めるのが好きらしく、確かに部屋にはいくつものボトルが並んでいた。無造作に床に置かれたボトルがあれば、木製のワインラックに寝かされたボトルもある。
自分で飲む他に、友人宅でのホームパーティに手土産として持参したり、結婚祝いとして贈ることもあるのだと得意げに話す彼はなんだかとても可愛かった。
大きな喧嘩もなく、付き合って1か月を迎える頃に「これ、使って」とぶっきらぼうに渡されたのは、彼の部屋の合鍵だった。
「持っててくれると俺も嬉しいから」そう言って、彼は笑った。
香織は、金曜の夜から月曜の朝まで彼の部屋に泊まるのが1週間のルーティンになった。ただ、仕事関係の飲みに駆り出されることが多い彼だったから、金曜の夜を一緒に過ごせることは少なく、その分を取り戻すように土日はべったり一緒に過ごした。
金曜の深夜1時過ぎに帰ってきた彼に、締めのラーメンを食べに行こうと強引に誘われ『香湯ラーメン ちょろり』に連れて行かれては背徳感に駆られながらも一緒にラーメンをすすり、密かに幸せを噛み締めた。
翌朝は近くのカフェで遅い朝食を摂り、そのままぶらりと恵比寿ガーデンプレイスや代官山を散歩して帰る。ちょっとコンビニに行くような感覚でそんな場所に行けることが、香織はとても嬉しかった。
通称・アメリカ橋を手を繋いで歩き、毛並みの良い犬たちとすれ違えば「可愛いね」と言って目を細め合った。
その後は家に帰ってもう一度抱き合い、惰眠をむさぼることもあれば、一緒にDVDを観たり、また少し出掛けたりとその時の気の向くままに過ごす休日は極上の時間だった。
食べることが好きな二人にとって、恵比寿はやはり最高な街で、行きたい店が尽きる事はなかった。
付き合い始めの頃はイタリアンの『エカオ』や、『ダルマット 恵比寿』などのまさにデートの王道のようなレストランへ行くことが多かった。
次第にキノコが食べたいから『マッシュルーム』、激辛がいい時は中華の『中村 玄』、カレーの気分の時は『吉柳』、食べ過ぎた次の日は胃に優しいもので『うどん山長』と、その時々に食べたいものからお店を選んだ。
『春秋ユラリ』の野菜たっぷりのランチと『ル ビストロ』のLYB豚を使ったランチは特に香織のお気に入りだった。
ある時から、ウェスティンホテルのレストランを制覇しようと『龍天門』、『ビクターズ』、『日本料理 舞』、『ザ・テラス』へと半年近くかけて通った。結局すべてのレストランへ行くことはなかったが、良い思い出となった。
初めてのクリスマスは『鉄板屋くびれ本店』で乾杯し、香織の誕生日には『レストラン ヒロミチ』へ連れて行ってもらった。そこで一粒ダイヤのピアスをプレゼントされた時は、少し泣きそうになったものだ。








この記事へのコメント
コメントはまだありません。