友情か愛情か。まっすぐな言葉に心がザワつく
「今週も俺たちよく頑張った!」
「乾杯〜!」
ビールから早々にワインへシフトチェンジ。飲みながら、ここ最近の激務ぶりを報告し合う。雄介もこの1週間、資料作成に追われていたらしい。
「で、吉見さんはどうなの? 相変わらず?」
ここからは、麻美のターンだ。溜まりに溜まっていた鬱憤を一気に吐き出す。
「吉見の奴、口を開けば『俺たちの頃(旧司法試験)は、合格率2~3%だった』って。悪かったよね、合格率20%越えの試験で、弁護士になっちゃって!!!」
「あの人、土日に締切設定してくるんだよね。提出したところで、どうせ見もしないのに。」
「質問したら、『そんなんでよく司法試験パスしたよなぁ』って聞こえるようにつぶやくの。嫌味を言われるのが嫌だから聞かずに進めたら、『わからないことがあったら、逐一聞け』って。あーー腹立つ!」
話しているうちに、どんどん話したい事が出てくる。その間、雄介は「うんうん」と頷いている。同業だからって、気の利いたアドバイスをしてくるわけではない。というか一切求めていない。ただ、聞いてくれるだけでいいのだ。
そして時折、ここぞというタイミングでこう言ってくれる。麻美がいちばん欲しい言葉。
「麻美は頑張ってるよ。」
まるで言葉で、頭をよしよしされている気分だ。自分から「さくっと食べよう!」と言ったくせに、結局話が止まらず、気がつけば夜中の2時をまわっている。そういえば、少し眠くなってきた。 24時過ぎ、お店に着くと、すでに雄介の姿があった。麻美が席につくと「お疲れ!」と八重歯を見せて、笑顔で迎えてくれた。その人懐っこい笑顔をはじめて見た時、麻美は「昔飼っていた柴犬の次郎に似ている」と思った。
お店をあとにし、大通りを目指して歩いていると、雄介が「あ!」と思い出したように言う。
「桜、散っちゃったかな」
「もう散ってるでしょ? 今週、雨たくさん降ったし。」
麻美が色気のない返事をすると
「散り際の桜もキレイだよ。」
妙に真剣な顔つきで言ってきた。雰囲気に押されて、麻美はそれ以上何も言えなかった。
「せっかくならお酒を買っていこう!」と雄介が言い出し、最寄のコンビニに入る。お酒を選んでいると、先日飲んだお酒を見つけた。嬉しくて、思わず声をかける。
「ねぇ、このお酒知ってる? 新しく発売した、氷結プレミアムっていうお酒」
ショーケースから取り出して、雄介に手渡す。つい先日、吉見にドラフトを提出して修正なしで戻ってきた、その日、このお酒で「ひとり打ち上げ」をしたことを話した。
「吉見さんを初めて撃破した日に飲んだお酒? それは買わなくちゃ、じゃん!」
「撃破」という言葉のチョイスが、ゲーム好きな雄介らしいなと思った。たまらず笑うと、雄介は「これ買うよ」と言ってシチリア産プレミアムレモンを2本手にとり、レジに向かった。
麻美の言う通り、桜は9割型散っていた。ほぼ緑だし、桜の花びらが地面に落ち、朽ち果てて、少し切ない気分だ。
お酒を片手に、桜並木の方に向かってゆっくり歩く。純也以外の男性と夜桜を見るという行為に、一種の背徳感のような物を感じ、ドキドキしてしまう。隣は純也のものだから、私は少し先を歩く。横はダメ。自制する。