2016.04.22
恋愛レシピ Vol.3「美咲、久しぶり。元気にしてる?」
それは元カレの翔太からの連絡だった。美咲は途端に胸が苦しくなるのを感じた。
「元気だよ。どうかした?」
とてもしゃくなことに、付き合っていた頃のようにすぐに返信してしまう。
「美咲に久しぶりに会いたくてさ。明日の21時、ご飯でも食べようよ」
こちらの予定も聞かず、さっさと予定を立てる。ああ、本当にいつもこんな感じだった。しかし、美咲は明日の21時、自分がそこに向かうことを知っていた。
いつもと変わらぬ翔太、変わった美咲
翌日の21時、恵比寿で待ち合わせた。
翔太に会う前に、マキに頼んで翔太の近況に探りを入れてもらった。何でも、彼女の両親に結婚を反対され、別れ話が出ているらしい。美咲とヨリを戻したいのか、真意のほどは分からない。
待ち合わせの駅につくと、美咲の不安定な気持ちは一気にバランスを崩しそうになった。
会いたいのか、会いたくないのか、今は会いたくないという気持ちが優勢になってきている。帰りたいという気持ちと、帰って機嫌を損ねてはという不安のせめぎ合いに耐えきれなくなって、美咲は駅のトイレに飛び込んだ。
心を落ち着けようと、いつも使っているブースターオイルを髪に馴染ませる。グレープシードのジューシーで甘酸っぱい香りに包まれて、気持ちが穏やかになっていく。
気持ちを落ち着けた美咲は鏡を覗き込み、満足して思った。
「ちゃんと、可愛いじゃない。不安になるようなことは、なんにもない」
久しぶりの翔太は少し痩せたようだ。
お互いの近況報告も早々に、翔太はすぐに自分の関わっている仕事の自慢話を始めた。美咲はひたすら相づちを打ち翔太に合わせたが、好きな人に嫌われたくない、その一心で無理して相手に合わせる感覚を久しぶりに思い出した。
さっきまでの自信が、シュルシュルと縮んでいく。
翔太の好みに合わせて久しぶりに濃くしたメイクにも疲れを感じた。濃いメイクのことを忘れて何度も目をこすりそうになり、アイライナーとマスカラが滲みそうで往生した。
最近のこの時間は、自分で作った料理を食べ終えて、お風呂エステ1時間半、そして素肌にたっぷりとクリームパックをしているという、やっとルーティーン化した至福のひとときとなっていた。
それが今は、飲みたくもない日本酒を無理して飲んで、アイメイクは色素沈着しそうだし、肌は乾燥して悲鳴を上げているし、なにより目の前の男を気持ちよくしゃべらせることだけに集中しなければいけない。
美咲は、明日の顔と体のムクミを想像すると憂鬱になってしまった。そして女なら誰でもいい男の前にいることで、久しぶりに虚しい気持ちになってしまった。
そんな美咲に気づかず、翔太は上機嫌でこう言った。
「美咲はいつもニコニコ俺の話を聞いてくれて、安心するよ」
誰と比較しているのか、美咲の目の前で自信たっぷりに微笑む男に強烈な違和感を感じてしまった。あんなに大好きだったのに、もう何も感じない。一刻も早く帰りたい。
美咲はその違和感の正体に気付く。以前なら、その言動のすべてが盲目的にカッコよく見えていた。だからこそ、釣り合う彼女にならなきゃと一生懸命背伸びしていたのだと。そして、頑張っている自分があっさりとふられたという事実が許せず、未練がましく思い出しては嘆いていただけだったのだ。
一方的に好きになってしまったからこそ、なんとか振り向かせたいと、ただ執着していただけだった。恋でも愛でもなかった。
私らしくない自分を演じていただけだったんだ。
ようやく気が付いた美咲は、ディナーを一通り終えると、「じゃあ、帰るね」とだけ言い残し、美咲の家に泊まりたがる翔太を何とかかわして駅に向かった。
今の美咲には、一緒に居て自分らしくいられる人が誰だかはっきりと分かっていた。実家が定食屋でも、『聖☆お姉さん』が好きでも、ありのままの私を受け入れてくれる人だ。父のように実直で自分の世界を持っていて、それでいて決して自分本位な目線ではなく、私のことを見て話をしてくれる人だ。
ふと美咲は父と笑いあう成澤の笑顔を思い出した。キレイな箸の所作を、そして美咲に向かって「すごく素敵です」と絞り出すように発した横顔が脳裏に浮かんだ。
いてもたってもられない気分になって、携帯を取りだし成澤に宛ててメッセージを送信した。
「先日見れなかった映画、今週末、リベンジしませんか?」
(完)
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