日比谷線の女 Vol.1

日比谷線の女:3ヶ月付き合った、愛宕グリーンヒルズ在住飲食店経営者による洗礼

東京タワーと並ぶようにそびえる愛宕グリーンヒルズ。そのレジデンスの14階に篤志は住んでいた。広いリビングとベッドルームを持ち、約68㎡、家賃50万円。いたってシンプルで圧倒的に物が少なく無機質なインテリア。大きなテレビ、黒くてボリュームたっぷりのソファにガラスの天板のテーブルが整然と配置されていた。

篤志とのデートはもっぱらこの部屋か、神谷町周辺。神谷町の駅周辺は、平日はスーツのサラリーマンが歩道を占領しているが、週末の人通りは少なく、街は静かだった。

神谷町周辺には、愛宕神社や青松寺の他にも神社がぽつぽつと点在しており、港区のこんなところにと驚いたものだ。老舗のアイスクリーム屋『SOWA』には何度も通った。美味しいのはもちろんだが、東京タワーより少し前に創業したということもあり、昭和を感じさせるレトロな店構えが香織は気に入っていた。

たまに足を伸ばして六本木一丁目の方まで歩き、インターコンチの『アトリウムラウンジ』のケーキセットや、今は建て替えのため取り壊されたホテルオークラの『オーキッドルーム』で食べるフレンチトーストが香織は大好きだった。

篤志は仕事が忙しく、会える時間は限られていた。その短い時間を逃すものかと、篤志から連絡が来たらすぐに部屋へ駆けつけたものだ。篤志の部屋でシーツ1枚を纏い、間近で輝く東京タワーを見ていると、多くの女たちの中から頭一つ抜きん出ることができたのだと思えた。彼の部屋の大きな窓ガラスに映る自分の姿を、香織は恍惚の表情で見つめるのだった。

シンデレラストーリーの主人公気分で浮かれていたが、篤志との蜜月はわずか3ヶ月で終わった。

真希にそのことを告げると、何も驚かずに「次また頑張りなよ」とだけ言われた。聞けばタワマン男たちは3ヶ月スパンで付き合う女をアップデートしていくのだと言う。それも、数人の女たちを同時進行しながら、だ。「できる男たちはマルチタスク能力が優れてるからね」とニヤリと笑って真希は言った。

篤志との、タワマンでの幸せな結婚生活、友人や同僚からの羨望の眼差し、高級レストランや高級ブティックで物怖じせず堂々と振る舞う自分の姿……。そんなものを想像していた香織にとってこの恋の終わりは早すぎた上にあっけなかった。

篤志がモテるであろうことは覚悟していたが、香織はまだタワマン男たちを理解していなかった。タワマンに住む20〜30代の男に結婚を期待してはいけないということを。

蛇口をひねれば出てくる水のように、彼らの前には溢れるように女たちが現れるのだ。そんな彼らの中で結婚に価値を見出すのはごく一部、または40を過ぎたあたりからだ。

東京で初めてできた恋人に強烈な洗礼を浴びせられ、すぐには立ち直ることができなかった。全てはこの失恋のショックから、香織の10年に及ぶ迷走が始まった。



次週、香織は日比谷線のどの沿線に住む男との思い出を振り返るのだろうか?

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