日比谷線の女 Vol.1

日比谷線の女:3ヶ月付き合った、愛宕グリーンヒルズ在住飲食店経営者による洗礼


その男とは六本木ヒルズ、レジデンスB最上階のスカイラウンジで開かれたパーティで知り合った。主催者はこのレジデンスに住む30代後半の会社社長。福岡から出てきたばかりだった香織は、この空間に圧倒された。

40人近く入ってもまだ余裕のある広い室内、42階から43階まで吹き抜けになっている高い天井、壁一面の大きな窓、その向こうに煌めく東京の夜景。どれも福岡にいては体験できないものだ。

—これぞ、東京ライフ!—

心の中で叫び、歓喜に酔いしれながらここに連れてきてくれた同期の真希に心から感謝した。なぜ、真希がこんな人たちと知り合いなのかを聞くと、「合コンで知り合ったの。一度繋がればあとは芋づる式よ。一人のタワマン男の後ろには50人のタワマン男が隠れてる、みたいな」と言って笑っていた。

そこには、香織や真希のように健康的で、あどけないながらも華やかさと品と色香を備えた年若い女たちが15人ほど、その他にはモデルやタレント、女優の「タマゴ」と称する女たちが数人いた。男性もおそらく同じぐらいの人数がいただろう。

香織を含む一般の女性と「タマゴ」たちは決して交わることはなく、スカイラウンジの女子勢力図は大きく2つに分かれることとなった。

香織は自分の顔には自信がある方だった。生まれつき二重のぱっちりした目元で、男受けの良いタヌキ顔。もっと鼻が高ければ、もっと顔が小さければと欲を言えばキリがないが、概ね満足してもいた。

地元の福岡でも、数人の男と付き合い、上京後は「福岡出身です」と言うと、「さすが美人の多い土地だよね」と言って褒められることも多かった。

だから今日も、自信を持ってこのパーティに参加した。上京して3か月。そろそろ東京の恋人が欲しいと思っていた上に、こんなパーティに来るような男なら、さぞかしリッチなのだろう、と期待は膨らんでいた。

慣れないシャンパンを飲んでいると、日焼けして真っ黒な肌をした1人の男が現れ「タマゴ」たちにシャネルの大きなショッピングバッグを配り始めた。彼女たちは当然のようにそれを受け取り、中身を確認することもなく足元に置いて、またお喋りに興じ始めた。

香織がその光景にあっけに取られていると、耳元で真希が囁いた。「あの男、タワマン系のパーティにいつもいる、コバンザメみたいな男よ。ケータリング関係の仕事で出入りする内にここにいるような社長たちと仲良くなって、女の子を集めたりする代わりに仕事もらってるんだって。」

「そんな人もいるんだんね」と感心しながら、思い描いていた東京ドリームを体現している自分に胸をときめかせていると、1人の男が近づいてきた。それが、後に付き合うことになる篤志だ。

篤志は12歳年上の35歳で飲食店経営と名乗り、名刺を出した。この日受け取った名刺の数は、もう数え切れないほどになっていた。社長、医者、弁護士、コンサルと見事にわかりやすい肩書きの名刺があれば、よくわからないけどなんだか凄そうな長い肩書きがいくつも記されている名刺も多かった。

数種類の名刺を持ち、「どの名刺が欲しい?」なんて聞いてくる男もいた。男たちが何の仕事をしているのか、何者なのか、香は彼らと話せば話すほど、謎と疑問が湧いてきた。

北海道出身の篤志は、2003年に恵比寿で始めた立ち飲みバルが大盛況となり、その勢いに乗っていくつもの店舗を都内に展開していると話し、次はネイルサロンやスパも始めるつもりだ、とさらなる野望を語った。

篤志と付き合うのに、時間はかからなかった。パーティの後、すぐに篤志から連絡が入り、デートの約束をした。それはシンデレラのガラスの靴を手に入れたように、香織を興奮させた。

そして2回目のデートの後、篤志の住む愛宕グリーンヒルズフォレストタワーへと足を踏み入れたのだ。

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