• PR
  • シンガポール・ラブストーリー Vol.4

    シンガポール・ラブストーリー:シンガポールの旅を終え、梨花が迎える新たな春とは?

    その店の1階はボウタイや眼鏡などが売られていて、一見すると紳士服の店のよう。店名だって、その名も『D.Bespoke』(オーダーメイド)。何も知らなかったらバーだと思う人はまずいないだろう。でも内扉を開け中に入っていくと、そこには内装のとびきり格好いいバーが広がっていた。

    『D.Bespoke』
    オーナーは北京でも活躍する日本人バーテンダーの金高大輝氏で、店舗のデザインもすべて金高氏が手がけた。店内の装飾や器には日本の伝統工芸品が使用されており、その和の名品がクラシックなバーの内装と絶妙なバランスをみせる。1Fのショーケースにある眼鏡やボウタイは実際に販売もされている



    常連らしい誠さんは、店主と一緒に、はじめ店の別の階を私に見せてくれた。そこには綺麗なスーツも置かれ、秘密のシガールームもあり、すべてが大人のおとぎ話のような空間だった。雑誌で飲食店の取材をしながらも、デートで肝心なのは相手との相性で、店選びはそこまで大差つかないだろうと思っていた私だけれど、ここなら差がつく……。

    カウンターに戻り、バーテンダーの方と相談しながら注文したのは、大好きなシェリーの飲み比べ。3種の味わいの異なるシェリーが細いステムのグラスに入れられ、その液体には色っぽさすらあった。

    グラスに鼻を近づけると甘く豊潤な香りがして、香りだけでも3種のシェリーは個性がバラバラ。

    誠さんは珍しそうなバーボンを頼み、私達は静かに乾杯をした。もう何回目の乾杯か分からないけど、誠さんはよく乾杯をする人だ。あの日以来、私に触れてくることはないけれど、乾杯がふたりの唯一のスキンシップになっているようだった(正確にはグラスだけど)。

    でも、一番濃厚な3番目のシェリーを試していたころ、誠さんの手がすっと私の椅子の背もたれに回された。私のことは触らない。ただ背もたれに手をかけているだけ。それでも十分、さっきよりも存在を近くに感じる。そんなとき、バッグの中で携帯が震えた。着信画面をみると、健二さんからの一日遅れの折り返し電話だった。名前も表示されて、まるで同じ街からかけているよう。

    誠さんがチラリとこちらを見た気がした。その気配を感じたら、携帯が一度震える間に判断がついた。電話をほったらかすのも、席をたって話す気もしなかったのだ。最後の夜に、1mmでも疑惑を残すのが嫌だったのかもしれない。

    「もしもし」

    「あの、私いまデート中なんです」

    ただそれだけ言って携帯を切った。あてつけじゃなくて、事実だ。

    誠さんは何ごともなかったようにバーボンを飲んでいる。手は、私の背もたれに回されたままだ。電話については、ふれない。

    「もしも梨花さんにもう少し時間があったら、一緒にナイトサファリに行きたかったな。マングローブのジャングルにコウモリが放し飼いにされてて、僕、このコウモリのエリアがけっこう好きなんだ。コウモリがすぐ目の前にリアルにぶらさがってて、怖くて面白い」

    この日は最後まで誠さんは核心に迫ることは言わず、ホテルまで送ってくれた。もしも部屋に立ち寄ろうとしたら、私は断らなかったと思う。

    でも、ホテルの自動ドアの前で

    「明日、11時半に迎えに行くね」

    と言って帰っていった。

    【シンガポール・ラブストーリー】の記事一覧

    もどる
    すすむ

    おすすめ記事

    もどる
    すすむ

    東京カレンダーショッピング

    もどる
    すすむ

    ロングヒット記事

    もどる
    すすむ
    Appstore logo Googleplay logo