2016.03.21
シンガポール・ラブストーリー Vol.4「やっぱり目の前で自分のために作ってくれるデザートって嬉しいな。私、そんなに流行ってなくてもシェフが一枚ずつ焼きたてのクレープに自家製アイスクリームをのせて出してくれるような店だと本当に好きになる。東銀座にそういう小さなフレンチがあってよく行くんです」
「僕は焼きたてのクレープは作れないけど、こっちでもコーヒーは自分で豆から挽いて淹れてるよ」
女性にとって、コーヒーを淹れてくれる男性はポイントが高い。朝、コーヒーの香りとともに男性がキッチンに立っている姿はファンタジーだ。
「誠さんは、いろいろ器用でお家もきれいそう」
「まあ週に一度はクリーニングを頼んでいるから、家はきれいだけど。料理はたまーにするかな。この前は明治屋で奮発して1本$10の日本産の大根を買って、味噌汁とサラダを作ってみた」
聞けば聞くほど、独身の謎が深まる。欠点はなさそうで、しいて言えば、クセがない。私がいつもはまってしまう男性の特徴のひとつ、クセや天邪鬼さ。それが誠さんには見当たらない。
「なんで誠さんが独身なのか不思議です」
私は冷静にそう聞いていた。健二さんの時のような衝撃的に恋に堕ちた感覚は、まだ感じていなかった。ただ、すでに落ち着くし甘えられる。一般的に、世の女性ってこれくらいのテンションで男性とつき合い始めるのだろうか。ましてや相手の条件がよかったら、万々歳くらいの勢いで。
誠さんは、ちょっと苦笑してから話し始めた。
「シンガポール赴任になる前は2年間東京で、その前の20代後半はミャンマーのヤンゴンに3年いたんだ。正直、ヤンゴンはシンガポールよりも出会いがなかったな(笑)。僕が単身赴任のおじさんたちと居酒屋で飲んだり地方の農村に行っている間、気づいたら同期の半分近くは結婚してた」
彼らは結婚も早いし、出会いにも積極的。私も20代後半の頃は同年代の商社マンによく合コンに誘われたものだ。みんな、ある程度のお金も体力もあって、絶好調という感じだった。
「でも、その分仕事はとてもやりがいがあって、東京に帰ってきてからも遅くまで働いて、まあときどき彼女もできたけど続かなかった。そうこうしているうちにシンガポール赴任が決まって、同期や先輩が送別会という名の合コンを開いてくれたけど、僕は行っちゃうから意味ないし」
今日の誠さんは、昨日よりもよく喋る。エリートでほとんどのものを手に入れているように見えるのに、意外や恋愛は縁遠くて、だからあの日、焦ったのかもしれない。
その後、私たちはしつこくもまたアンシャン・ロードに行き(昼の雰囲気も見てみたかったのだ)、『ザ クラブ ホテル』や『ザ スカーレットホテル』、カフェなどを見て、お茶と散歩と探りあいを続けていた。
「私、正直、シンガポールやバンコクに駐在で独身だったら、すごく遊び人の可能性もあるかもって思ってたんです。現地の日本人の友達で駐在くんに涙した子もいたりして。距離的に日本から遊びに来る女の子も多そうだし、家は気軽に泊められるくらい広いだろうし。それで、ちゃっかり手を出してもハプニングで終わらせるにはいい具合の距離感でしょ」
もう19時で、誠さんとの時間は限られているのに、私はいまさら何を言っているんだろう。これまで培った恋愛のネガティブ癖がそのままポロリと出てしまった。
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