「そうそう、日本と同じクオリティの本格的なお鮨も食べられるんですよ。『すし道Shinji』は銀座の『鮨 かねさか』のシンガポール支店で、食材は100%日本のものだし、週に4日は築地から魚を仕入れてる。クアラルンプールの富豪がわざわざお鮨を食べるためだけにシンガポールに来るって聞きました」
「いろいろ行ってみたいけど、ひとりじゃなあ……」
「じゃあ今日このあと、ひとつバー行ってみます? 東京から友達が来たときによく行くところがあるんです」
彼が連れて行ってくれたのは、『1 Altitude(ワン・アルティテュード)』というシンガポールで一番高いビルの屋上にあるルーフトップバーだった。
シンガポールの夜景が一望できるバーで、つい饒舌になる梨花
「うわー! 圧巻の眺め!」
ルーフトップに出ると、360度夜空が広がり、眼下にはシンガポールのビル群の夜景が広がっていた。東京の夜景よりもカラフルで、その夜景がマリーナに反射しているのも美しかった。
「よかった。『マリーナ ベイ サンズ』の上のバーもいいんだけど、サンズに上ったらサンズ自体は見られないから、こっちの方がシンガポールらしいかなと思って」
誠さんはスモーカーで、私たちはタバコの吸えるスタンディング席に立っている。
「私、今回ひとりでもシンガポールに来てよかった! 実は最近ちょっと落ち込んでいたんだけれど、いい気分転換になりました」
「もしかして失恋とか?」
「ええ……」
「やっぱり。シンガポールの空港で梨花さんを見かけたとき、携帯を凝視してこの世の終わりのような顔をしてるなと思った」
そんな悲壮感のある第一印象だったんだ。34歳のオンナの失恋は痛々しくてモテない人みたいで恥ずかしい。でもいつの間にか、私は健二さんとのことをペラペラと彼に話していた。地上280m以上のルーフトップバーは究極に開放的で、熱帯地方の夜風は私を饒舌にさせた。