東京女子図鑑 Vol.9

40歳になった女性・綾が住む街・・・それでも、女の人生は続く。

代々木上原に引っ越した綾(37歳)の3年後・・・


秋田の国立大学を出たのち、三軒茶屋、恵比寿、銀座に引っ越した綾。34歳のとき、外資系に転職した綾は、結婚に焦り総合商社勤務の男性と結婚し豊洲へと移り住んだものの、家事と子供に対する価値観の違いから別居し、37歳で代々木上原に移り住む。その綾の2年後、40歳のお話。

前回:37歳女性が住む街「代々木上原」。私はおばさんになったか?

私に向ける、その"優越感"覚えていてください。


長らく私なんかの話を読んでくださってありがとうございます。23歳のとき東京に出てきてから、17年間をこの東京で過ごしてきて、40歳になりました。これを読んでくれてる方の中には、若い女性もいますよね?あなた、私のこと、どう思ってますか?

「イタい」って見下していますか?「あんな風には、なりたくない」と反面教師にしていますか?もしくは、自分と関係ないおばさんの話を、笑っているかもしれませんね。

その感情覚えていてください。

それは、そのまま、あなたが10年後、若い子たちから向けられる感情ですから。若い女性の年上の女性を見るときにうっすらと感じる優越感は、いずれ世代交代していくんです。部下の女の子と話すときの笑顔の奥にある、老いへの畏怖と、蔑みの感情、私はちゃんと透けて見えています。だって、もともと私の内側にあった感情ですから。

「ああはなりたくない」って強く思ったら、そうならないように、20代、30代頑張るんですよ。私は、いろいろと全力で回り道してしまったけど、そうなりたくないなら、今踏ん張るしかないんです。

"おひとりさま"宗教は30代まで。


彼とは正式に離婚しました。例の妊娠させてしまった子と結婚したそうです。Facebookを時々のぞいてしまうのですが、奥さまにタグ付けされた満面の笑みの旦那の写真が上がってきます。先日のハロウィンはひどかったですね。かぼちゃの着ぐるみの子供の写真ですよ(笑)「うわー。こういう女と結婚したんだ。」ってバカにしながらも、胸が少し痛みます。

彼、いい笑顔ですね・・・私にはあんな笑顔見せたことない。父親の顔になってます。時間は移っていくのですね。


40になって、私は"おひとりさま"に逆戻りです。

若い頃は、"おひとりさま"がクールな空気が蔓延してましたよね。おしゃれにひとり映画、ぴんと背筋を伸ばしてひとり鮨、凛とすましてひとりバーとか・・・「おひとりさま宗教」じみたものがあったけれど、それが出来るのは、周りが無関心で放っておいてくれるからです。

40代を超えたら、大半が既婚ですからね、マイノリティの未婚の女性は、特異な存在なんですよね。遠慮がちに好奇の視線を送ってくるのが分かります。ひどいときは、ヒソヒソ話していますから。

結婚していなかったら、この視線に押しつぶされて引きこもっているでしょうね(笑)だけど、一度結婚したという免罪符は、離婚直後の苦しみを耐えただけの価値があります。結婚していた、という事実は、彼女たちの想像の一歩先、斜め上をいっているわけで、そう思うと愉快ですよ。40代からのおひとりさまは、この視線を逆手にとれるだけの自信や実績があれば楽しめるはず。

最近なんて、チラチラ見てくる若い人たちの前で、一人ラーメン豪快に麺をすすってやりますよ。どこまで自分の精神がタフでいられるか、ちょっと試してる感じです(笑)

この町を離れて、しあわせは見つけたかい?


私、今どこに住んでると思いますか?

上京して最初に住んだ街・三軒茶屋です。まさか、戻るなんて思いませんでした(笑)

東京に出てきてから17年経ちましたが、離婚して苗字が戻った時、ふと自分の何かがポキっと折れてしまったんです。バランス感覚が抜群によい女だらけの代々木上原にいると、自分の不恰好さが目について、ここにいてはいけない気がしたんです。ひとつの腐ったリンゴが100を腐らせるって言うでしょう?

故郷に帰ろうとも思ったんですよ。ですが、傷ついて田舎に帰るなんて、あまりにも陳腐でありふれた幕の引き方です。それに、私、仕事だけは、手を抜かずにやってきたんです。前の旦那と別居を決めた日も、妊娠をさせてしまったと報告を受けた日も、離婚届を出した翌日も、真っ赤な目で会社に行きました。

例の女上司からは、「あんたみたいな図太い女、いるのね。」って言われて、アポの帰り「直帰しなさい。」って言われたこともありました。役職は変わらずですが、最近では、雑誌社から女性管理職のロールモデルとしてのオファーを受けたり、PR講座の講師の依頼が来たり、根を張った分、葉を大きく広げることができています。

恋愛面では、世間の求める幸せな女にはなれなかったかもしれない。だけど、仕事では、投げ出さなかったからこそ、ちっぽけかもしれないけど、私なりに満足のいく形になってきているんです。それでも、折れた心を修復するシェルターが必要だったんです。

そう考えたときに、私にとって第二の故郷って、一番初めに住んだ街、三軒茶屋なのかもしれないなと思ったんです。

駅前のエコー仲見世商店街や、すずらん通りなど、レトロな雰囲気は17年前と同じなんです。新しいお店も次々と出てくる東京で、タイムスリップしたかのような錯覚に陥りました。相変わらず、三茶は、適度におしゃれで、適度にださい(笑)23歳の私が感じた、この街の「自分っぽい」中途半端さは未だ健在で、ちょっとは、イイ女になったと勘違いしている私は、17年前の自分に対面したかのような気持ちになって少し恥ずかしくなりました(笑)

だけど、40歳の今だからこそ原点に帰って、もう一度再構築する必要があったんだと思います。


あ、実は、今、お付き合いしている男性がいます。前ちらっとお話した、別居祝いに代々木上原の『enboca』に連れて行ってくれた前職時代の同僚です。別居してから、彼とよく会うようになっていました。何せ、秋田から出てきたばかりの芋っぽい私を知っているので楽ですよ。

若いときに三茶の近くに住んで、そのまま大人になっても居つく人が多いって聞いたことがありますが、彼は完全にその一人です。私が、東京で転々としていた間、彼はひたすら三茶に飽きもせず17年間暮らしているんです。苔が生えてもう動けないって言っていました(笑)

三茶に引っ越してきた夜に、二人で新卒時代のノリで、三茶のビッグエコーに行きました。彼、斉藤和義さんの「ずっと好きだったんだぜ」を歌ったんです。

曲の中に「この町を離れて、しあわせは見つけたかい?」って歌詞があるんですが、それを聞いていたら、この17年間の思い出がこみ上げてきて号泣ですよ。その夜、「ずっと好きだったんだよ」って告白されました。ネタじゃないですよ(笑)

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