先日のデートも終盤。『オカダ』のマドレーヌを目の前に、浩平はこう言った。
「彼女はいる。けど、結衣ちゃんに付き合ってほしいと言おうかと思ってた。けど、あの男のこと気になってるんだよね?」
「彼女がいる」という言葉は、諸刃の剣だ。うまく使えば嫉妬心を煽り恋心を加速させる一方、下手をすれば、冷水を浴びせ恋の炎を絶やしてしまう。
残念ながら、結衣は後者だ。実態より膨らんだバブルを見極められない恋の愚者にはなりたくない。浩平が揺さぶりをかけたり駆け引きをするタイプでないことはわかってる。だが、彼のような善良な男は、直球でこういうべきだ。
「彼女と別れてきた!俺と付き合ってください!」
—そしたら、考えてあげたのに。普通に考えたら外資投資銀行の陽介さんの方が条件いいんだもん。—
そうつぶやきながら、「Facebook」のタイムラインを眺めていると、ちょうど、渦中の陽介が写真をアップしていた。その写真に目が釘付けになった。そこには左手薬指を見せるように頬の横に添え満面の笑顔の女性と共に一言。
「プロポーズ大成功!」
—え。—
一瞬理解できずに放心状態になる結衣。
—陽介さんって、外資投資銀行勤務で、店選びのセンスが良くて、穏やかで、甘いマスクのあの陽介さん??—
思考の混乱収束に若干の時間を要したが、脳は結衣に速やかなる軌道修正を命じた。
—浩平くん。来週時間もらえないかな?返事待ってます。—
◼︎
浩平が指定した店は、原宿にあるペルー料理の店『bepocah』
黄色い壁の前でおしゃれな女の子たちがポーズを決めた写真を、最近Instagramでよく見かけるが、そのお店のようだ。
—さすが浩平くん。感度いいな。+10点—
浩平への評価基準が加点法にシフトし甘くなっているのは、陽介というカードを失ったが故の心もとなさからだろう。女27歳。そろそろ結婚相手に狙いを定めたい。もちろん狙うべくは、高スペックだが、避けるべきは、誰も捕まえられないリスクだ。
『bepocah』の店内は、外観からは想像がつかないほど広々とした空間で、ペルーの現地的な食堂の雰囲気はなく、ぐっと大人な空間だった。カウンター席がメインのようで、定刻に着くと浩平は既に到着していた。
—さすが浩平くん。時間通り。+5点—
次々に積み上がる彼の評価にまんざらでもなく満足げな結衣。
浩平は、前に一度きたことがあるらしく手際よく料理を頼む。
ペルーの2大ビールとして有名(らしい)、クスケーニャとクリスタルで乾杯した。浩平が頼んだペルー料理は、彩りも美しく、コリアンダーや、パクチーなど、クセのある香辛料や香草がアクセントとなり、食欲をそそる。
「まさか、結衣ちゃんから連絡くると思わなかったな。」
浩平は食べながら、弱気に笑う。笑った顔に、浩平の人の良さがにじみ出ていて、自分の下心とのコントラストの強さに若干戸惑いながらも、結衣は貪欲に自分の幸せを追求する。
—浩平くんのこと気になってる。と言えば、一丁上がりかな。—
あまりにも簡単な消化試合のようで物足りず、浩平の返事には答えず、若干焦らそうと、呪文のようなメニューを見るふりをしながら、ちらっと浩平を見た。
—顔は確かにかっこいい。+20点。Facebookに、婚約報告の写真を載せてもサマになる。—
先日しれっと婚約した陽介への当て付けのように、浩平からプロポーズをされる場面を妄想して心の中でにやついたところで、浩平が口を開いた。
「けど、ごめん。結衣ちゃん。俺やっぱり彼女が好きだわ。」
—え。—
一瞬理解できずに、またもや放心状態になる結衣。
カウサと呼ばれるペルーのポテトサラダ的料理が喉につまる。
女27歳は危険な年齢だ。蝶よ花よともてはやされ羽のように広がる世界。目も肥え、舌も肥える女性たちにとって、無限の可能性が手中にあるとおもっていたのに・・
そろそろ竜宮城から現実世界へお戻りください。腹八分目が一番美味しいのですから。
■レストランで恋のシーソゲーム(MAN)最終話:『ベポカ』で見えた、確信を持てる未来
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