ーやっちゃったなー
『レストランオカダ』でのデートでは、結衣を巡る外資系投資銀行の男との不利に思えた勝負での奇策として、耐えられず「実は彼女がいる」と独白してしまった。恋愛の駆け引きに長けた浩平ではない。言わない方が良かったのかもしれないと少し後悔した。
その一件以来、結衣とは連絡を取っていない。大抵、ディナーの翌日は「ご馳走さまでした」などの御礼メールが来ていたものだが。彼女がいる男に興味はないか、それともあの外資系投資銀行の男と上手くいったか。彼女である葵(あおい)とのディナー中、LINEに通知があった。
—浩平くん、来週時間もらえないかな。返事待ってます—
葵の横顔を見ながらも、結衣からの連絡を少し喜んでしまう自分がいる。だが、これが最後の結衣とのデートかもしれない。そう思った。
◆
前回の結衣が選んだ『レストランオカダ』は半個室もあるが、テーブル席がメインのビストロだった。少し変化球ながら、今回はペルー料理店『ベポカ』を選択した。2013年3月オープンの最近話題のレストランで、カジュアルながらに全面芥子色の外壁が、神宮前二丁目の景色に馴染んできた頃合いだ。レストランに詳しい結衣でもまだ知らない可能性が高い。最後の最後まで、結衣に新しいレストランを味わってほしいという配慮は忘れなかった。雰囲気の明るい店だし、しっとりした展開にはならない。
この日はいつも通り約束の5分前に着き、何を話そうか頭の中を整理して落ち着く時間があった。結衣は約束の時間ぴったりにやってきた。あまり神妙な出だしにしたくなかった浩平は、少し悪態をついた。
「まさか、結衣ちゃんから連絡くると思わなかったな」
まずは、笑ってごまかすしかなかった。
不利な状況から揺さぶりをかけるべく、彼女の存在を結衣に告げた。それで引き下がるのであれば諦めがつく。仕方がない。
結衣のことはまだ気になっている。はじめて見たときからその眩しくて無邪気な笑顔に心を奪われた。彼女である葵そっちのけで落ちた時期があったと認めざるを得ない。だが、奇策を用いなければ戦えない相手とは長続きしないだろう。それよりも自然体で一緒にいられる葵を大切にした方が良いのではないか。あの夜からのここ数日で、浩平はそう考えるようになっていた。
そんなことを考えていたが、カウンターで横に座る結衣は唐辛子が効いた料理ペルーの郷土料理に「辛い!」といいつつ、なぜかにやにやしているように見える。どうしたのだろう。
前回に引き続き、この一言を言うのは気が重い。だが、今日は駆け引きではなく、純粋な本音だった。
「結衣ちゃんのこと好きだったけど、ごめん。俺、やっぱり彼女を大切にしたい」
前回と矛盾したことを言っているのは百も承知だ。長い目で見ると、結衣と僕は釣り合わない気がした。仮に上手くいっても短命だろう。結衣は27歳。妙齢の女性と確信が持てない交際をするには、気が引けた。彼女である葵とのこともあるが、結衣との未来に自信が持てなかった。それが一番の理由だ。
ペルービールである「クスケーニャ」を飲み干しながら、隣にいる結衣の行く先の幸を祈りつつ、大切な人を幸せにしようと浩平は決心した。
■レストランで恋のシーソゲーム(Woman)最終話:恋の女神はどちらに微笑むのか
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